第62章:信じがたい真実:未来からの使者
1945年8月東京、陸軍省地下壕。大本営作戦会議室は、先ほどの「まや」からの不可解な返信により、疑念と困惑の渦中にあった。通信士官が読み上げた「海上自衛隊『まや』、戦艦大和と共に日本本土へ向かっている」という電文は、将校たちの間に激しい動揺を巻き起こしていた。
「海上自衛隊とは何だ!?」「『まや』などという艦名、聞いたこともない!」「米軍の新型欺瞞工作か!?我々の通信網を攪乱し、混乱させようとしているのだ!」陸軍参謀総長・梅津美治郎が、椅子を蹴るように立ち上がり、怒鳴りつけた。彼の顔は紅潮し、その言葉には、理解不能な事態への苛立ちと、騙されてなるものかという頑なな意志が滲んでいた。海軍軍令部総長・豊田副武もまた、厳しい表情で腕を組み、信じがたいという顔で首を振った。彼らの知る日本海軍に、そんな艦も、そんな組織も存在しない。
しかし、藤村正之少将は、他の幹部の喧騒から一歩離れ、冷静にその状況を見つめていた。彼の眉間の皺は深く、その思考は高速で回転していた。沖縄からの異常な戦果報告、そして「原子力空母ドナルド・レーガン」や「F-35B」といった、この時代の技術では説明不能な存在の断片的な情報。それらが、今、この「まや」からの通信と、一本の線で繋がろうとしているのを感じていた。もし、この不可解な情報が真実だとしたら、その意味するところは、あまりにも大きすぎた。彼は、この事態の真の異常性に、他の誰よりも早く気づき始めていた。
「静粛に!」藤村の声が、会議室の喧騒をわずかに鎮めた。「欺瞞工作の可能性は排除しない。しかし、これまでの沖縄での異常な戦果を鑑みれば、軽々に断じるべきではない。発信源に対し、さらなる詳細を求めよ!貴官らの正体と、本土への接近目的を明確に示せ!」
その頃、太平洋上を北上するイージス艦「まや」のCICでは、大本営からの返信を受け取っていた。片倉大佐は、有賀正太郎さながらの冷徹な威厳を保ちながらも、その表情には深い決意が浮かんでいた。大本営の疑念は当然の反応だ。しかし、今こそ、真実を告げる時だ。
「山名、大本営の疑念は理解できる。だが、これ以上、時間を浪費するわけにはいかない」片倉が静かに言った。「三条、無線を通して、我々が『未来から来た』ことを明確に伝えろ。そして、我々の使命を、彼らが理解できる言葉で、簡潔に、しかし明確に伝え始めるのだ」。
三条は、張り詰めた面持ちで、コンソールのマイクを握った。彼女の心には、倫理的葛藤が渦巻いていた。この時代の人間たちに、彼らが歩むべき歴史の真実を告げること。それは、あまりにも残酷で、あまりにも重い行為だ。しかし、祖国を救うという大義が、その倫理的抵抗を上回る。彼女の白い指が、素早くキーボードを叩き、無線へと情報を送り始めた。
「…こちらは…海上自衛隊…護衛艦『まや』…我々は…貴官らの…約七十年後の…未来…から…来た…」
その言葉が、大本営の通信士官の耳に届いた時、会議室は再び静寂に包まれた。 三条は、無線を通して、人類の未来、太平洋戦争の結末、日本の敗戦、そして焦土と化した国土、そして原子爆弾投下という、悲劇的な未来を簡潔に、しかし明確に伝え始めた。
「…貴官らの…戦争は…敗北に…終わる…広島…長崎…二つの都市に…原子爆弾が…投下され…国土は…灰燼に…帰す…」
大本営の会議室では、その言葉を聞いた将校たちが、信じられないという顔で互いを見合わせた。原子爆弾?そんな兵器、聞いたこともない。しかし、その言葉の響きは、彼らの心に言いようのない恐怖を植え付けた。
三条は、さらに続けた。日本の戦後の復興、平和国家としての道のり、そして現代の海上自衛隊の成立、そして彼らがこの時代にタイムスリップしてきた経緯を、簡潔に、しかし明確に伝え始める。
「…我々は…その…悲劇的な…未来を…知る…故に…貴官らを…救うため…この時代に…来た と信ずる…」