第30章 外貨という命綱
静まり返った講堂に、ひとりの学生が恐る恐る手を挙げた。
「先生……外貨がなくなると、本当に円は紙切れになるんですか? 国内ではまだ使えるんじゃないですか?」
教授は頷き、黒板に二つの円を描いた。
「いい質問ですね。円は国内では確かに使えます。政府が税金の支払いに円を受け付ける限り、国内経済の取引は続きます。けれども国際的には、円は交換できる外貨がなければ通用しません。燃料や食料を輸入できなくなれば、国内の円でいくら払ってもガソリンや小麦は届かない。だから、円が“国内専用の配給券”に近い性質を持ってしまうのです」
別の学生が手を挙げる。
「でも、政府が『1ドル=200円』と固定すれば安心なんじゃないですか? 公式に決めてしまえば……」
教授は首を振った。
「それは“宣言”に過ぎません。固定相場を維持するには、実際に外貨を持ち出して市場で円を買い支える必要があります。もし外貨が足りなければ、闇市場が立ち上がり、公式レートと実勢が乖離する。人々は政府の数字を信じなくなり、逆にパニックが広がります」
前列に座る女性の学生が問いかけた。
「では、どうやって外貨を確保するんですか? 戦争中に輸出なんてできないでしょう」
教授はチョークで「外貨調達の方法」と書き、項目を挙げた。
「三つあります。
一つ、外貨準備を取り崩す。
二つ、同盟国やIMFから融資を受ける。
三つ、戦時でも輸出可能な品を動かす。例えばウクライナは穀物を黒海から出す航路を工夫して外貨を稼いでいる」
学生たちは熱心にメモを取った。教授の声はさらに力を帯びていった。
「重要なのは、外貨が国家の“信認”そのものだということです。外貨準備を厚く保てば、『この国は持ちこたえる』と世界が認識し、支援も継続される。逆に外貨が尽きれば、支援国は離れ、通貨は暴落し、経済は戦わずして崩壊します」
教室の後方から年配の市民が声を上げた。
「つまり……戦争は戦場だけじゃなく、為替でも戦ってるってことか」
教授はうなずき、黒板を指差した。そこには大きく書かれていた。
「金融=国内を回す、外貨=国際社会をつなぐ」
「そうです。戦争は銃弾だけでは決まりません。通貨と外貨の安定を失えば、戦線に立つ前に国家が内部から崩壊する。それが金融と外貨の関係であり、我々が今直面している現実なのです」
講堂に沈黙が落ちた。学生たちはノートに書き込みながら、初めて自分たちの未来が数字の上で左右されることを痛感していた




