第29章 外貨がなぜいるの?
京都大学の臨時講堂。東京壊滅後に避難してきた学生や市民が肩を寄せ合い、黒板を見つめていた。教授はチョークを握り、板書した。
「金融=国内のお金の流れ、外貨=国際取引の道具」
静まり返る教室に向かい、教授は口を開いた。
「金融とは、お金の流れを作る仕組みです。給与、企業への融資、国債の発行――平時であれば国内通貨、つまり円だけで経済は回ります。国内で生産し、国内で消費するからです」
教授は一拍おき、学生の顔を見渡した。
「しかし戦争が始まると、事情は一変します。工場は空爆や停電で止まり、農地や物流も被害を受ける。結果として、燃料や食料、医薬品、部品を海外から輸入しなければならなくなる。問題は、国際取引は円では成立しないという点です。世界で通用するのはドルやユーロであり、円だけを持っていても輸入できません」
学生たちの間にどよめきが走る。教授は黒板に「外貨=必需」と書き加えた。
「もう一つ重要なのは信頼の問題です。通貨の価値は国の信用そのものです。戦争で『日本は危ない』と見なされれば、円は一気に売られ、投資家も同盟国も資金を引き揚げる。外貨を十分に持っていなければ、円の価値を守ることもできない」
教授はチョークを置き、静かに言った。
「だから戦時の金融は“円で国内を動かす”だけでは不十分です。外貨を確保し、輸入や国際決済を維持しなければ、兵站も生活も立ち行かない。外貨が尽きれば、円は国内でしか通用しない紙切れに変わります。それが戦時経済の最大のリスクなのです」
学生の一人が小さく呟いた。
「……つまり、円だけでは戦えない」




