第28章 外貨配分会議
大阪・大手前の臨時府庁舎。厚い鉄扉で仕切られた地下会議室には、閣僚と高級官僚たちが集まっていた。長机の上には分厚い資料が積まれ、中央には「外貨配分リスト」の最新版が映し出されている。
財務大臣が淡々と告げた。
「現状の割当案は、燃料・医薬に45%、食料に20%、部品・機械に25%、その他10%。この比率で承認をお願いします」
誰もがうなずこうとしたそのとき、一番端に座っていた若手官僚・村井が口を開いた。
1. 静寂を破る声
「失礼します。……食料への配分を増やすべきです」
場内の空気が凍りついた。若手が口を挟むなど、通常はあり得ない。
経産省の局長が眉をひそめる。
「何を言っている?部品を削れば工場が止まり、軍需生産も崩れるぞ」
村井は机の下で拳を握りしめた。
「承知しています。しかし、避難所では赤ん坊のミルクが手に入らず、母親が泣いている。国民が飢えれば、士気も支援も崩れます。戦力以前に“生きる基盤”が失われます」
重苦しい沈黙。誰もが内心では知っていた事実を、彼は公然と突きつけた。
2. 上司との衝突
財務省の次官が冷たい声で遮った。
「村井、君はまだ若い。戦争は感情で動かしてはならん。外貨は有限だ。燃料と機械を優先しなければ、兵站は崩れる」
村井は震える声を押さえ、なおも食い下がった。
「それでも、国民が空腹で倒れれば、工場を動かす労働力さえ失います。食料はただの消費ではない。“生産の前提条件”です。だからこそ、今、最低でも25%を確保すべきです」
防衛大臣が腕を組み、唸るように言った。
「……理屈はわかる。だが燃料を減らせというのか?前線は一滴の油で戦っている」
3. 決断の場
会議室の視線が首相に集まった。首相はしばらく沈黙し、村井をじっと見つめた。若手官僚の額には汗が光り、しかし瞳は揺らがなかった。
やがて首相は深く息を吐いた。
「……いいだろう。食料を25%に引き上げる。部品を20%に削る」
財務大臣が慌てて口を開く。
「しかし総理、それでは――」
首相は手を挙げ、静かに制した。
「戦車や飛行機も必要だ。しかし、まず国民が生き延びることが国家の根幹だ。若い官僚の意見を無視するわけにはいかない」
4. 会議室の余波
決定が下された瞬間、会議室にざわめきが走った。経産省は不満げに資料を閉じ、防衛大臣は黙ったまま天井を見上げた。
村井は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……必ず、この決定を国民に届けます」
上司は冷ややかな目で見つめていたが、その視線にはわずかに認める色も混じっていた。
5. 教室の記憶
会議が散会した後、村井は廊下で立ち止まった。
昨日、大学講堂で聞いた教授の言葉が脳裏に蘇る。
「物資も、信頼も、値段も、すべて外貨に吸い寄せられる」
――だが、その吸い寄せられた外貨を、誰にどう分けるのか。
それを決めるのが自分の役割だと、村井は胸に刻んだ。




