第26章 外貨配分リスト
大阪・大手前。府庁地下に設けられた臨時閣議室。重厚な鉄扉の向こうでは、日銀総裁、財務大臣、経産大臣、防衛大臣、そして首相が長机を囲んでいた。議題はただ一つ――外貨の配分。
財務大臣が口火を切った。
「残存する外貨準備はおよそ二千億ドル。このペースでは半年も持ちません。すべての要求を満たすことは不可能です。優先順位を決めねばならない」
ホワイトボードに書かれた文字が光を反射する。
•燃料:1か月に最低50億ドル
•医薬品:15億ドル
•食料:20億ドル
•部品・機械:10億ドル
•民生消費財:残余
経産大臣が声を荒げる。
「工場を動かさねば戦時生産が成り立ちません!部品と機械への外貨を削れば、日本の産業基盤は死にます」
防衛大臣が即座に反論した。
「燃料がなければ戦車も航空機も動かん!第一優先は燃料、それ以外は後回しだ」
日銀総裁が冷静にメモを見上げた。
「現実を申し上げます。市場レートはすでに1ドル=280円。公式の200円を守るために、1日20億ドルずつ溶かしている。これを続ければ1か月で外貨準備は半減します」
財務大臣が頷く。
「ゆえに、本日の決定は“配分リスト”です。誰がドルを使えるか、使えないか。ここで線を引きます」
重苦しい沈黙が流れた。やがて首相が口を開く。
「……国民は納得するだろうか。赤ん坊のミルクが買えないと泣いている母親がいる一方で、防衛産業にはドルが回る。それをどう説明する」
日銀総裁が言葉を選びながら答える。
「総理、“説明”よりも“透明性”が必要です。配分の順番と量を毎日公表する。そうすれば、闇市場やデマに流れるよりは、国民の理解を得られる」
財務大臣が資料を指し示した。
「案を提示します。
第一階層:燃料(軍・発電用)、医薬品
第二階層:食料(小麦・大豆など必需輸入)
第三階層:部品・機械(産業維持用)
第四階層:その他消費財(衣料・嗜好品など)
残余のドルはオークション方式で市場に流す」
経産大臣は机を叩いた。
「オークション?それでは資金力のある大企業だけが外貨を得る!中小企業は潰れ、雇用が消える!」
財務大臣が睨み返す。
「だからこそ保証枠を設ける。戦時必須産業には政府保証つきで外貨を割り当てる。残りは市場競争だ。外貨は血液、止めれば国家は死ぬ」
防衛大臣が低く言った。
「ならば明記してくれ。“燃料は第一優先、輸入総量の30%を確保”と」
日銀総裁が頷く。
「同意します。明文化すれば、少なくとも市場は“政府が秩序を作る”と理解する」
最後に首相が深く息を吸い込み、全員を見渡した。
「……決めよう。
一、燃料・医薬に全外貨の45%。
二、食料に25%。
三、部品・機械に20%。
四、残余10%を市場オークションとする。
この配分を国民に公表する」
会議室に緊張が走る。だが同時に、一筋の秩序が生まれた瞬間でもあった。
首相は声を低くした。
「国民に伝えよう。“ドルは有限。だが、使い方を誤らなければ、生き残ることはできる”。我々はその舵を取る」




