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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第19章 火と核、そして未来の共同体


 大講堂の隙間風が、黒板に書かれた「観察―維持―着火」という三段階の上をなぞるように吹き抜けた。真壁教授はチョークを置き、ゆっくりと学生たちの方へ向き直った。その眼差しは、百万年前の洞窟を越えて、今この瓦礫に覆われた都市を見据えていた。


 「さて――火を扱う力が人類を人類たらしめた。だが、その延長線上で我々は“核”という火を手にしてしまった」


 ざわり、と会場の空気が揺れた。学生たちの多くは東京壊滅を生き延びた世代であり、家族や友人を失っている。


 教授は静かに続けた。

 「火を恐れず、維持し、点ける力。それは生存の術だった。だが20世紀以降、それは破壊の術にも転じた。広島、長崎、そして……霞ヶ関の爆心」


 黒板の端に、教授はチョークで円を描いた。炎の象徴だ。しかし次の瞬間、それを大きく塗りつぶし、黒くした。


 「火は、もはや“生かす火”と“殺す火”の二つに分岐した。我々はその岐路で、後者を選んでしまった」


火と国家


 教授は視線を上げ、声を強めた。

 「核兵器の本質は、火そのものよりも、“国家”という枠組みと結びついたことにある。国家は領土を守るために火を独占し、核を“抑止”の名で抱え込んだ。火を共有財から、排他的な権力装置に変えたのだ」


 学生の一人が拳を握りしめた。

 「でも……核があったからこそ、戦争が抑止されてきたのでは?」


 教授は短く頷いた。

 「確かにそう言われてきた。だが君たちは東京の廃墟を見ただろう。抑止のはずが、一度の崩壊で国家も都市も吹き飛んだ。抑止が裏返った瞬間、国家は人を守れなくなった。火を独占する体制そのものが、限界を迎えている」


生存と非国家


 教授は教壇に両手を置き、声を落とした。

 「では次はどうするか。人類は火を維持するために“社会性”を強めた。核という火を乗り越えるには、さらに別の連帯が必要だろう。それは“非国家的な共同体”だ」


 スクリーンには、避難所で炊き出しをする市民グループの映像が流れた。軍や政府ではなく、地域の人々が自ら組織し、火を絶やさずに分け合っている。


 「火を絶やさぬために、人類は共同体を作った。核の時代に必要なのは、国家を超えて火を制御する新しい共同体だ。都市を失っても、国境が崩れても、人々が“火を分け合う”仕組みを築けるかどうかに未来はかかっている」


過去から未来へ


 教授は再び黒板に向かい、一本の長い矢印を描いた。

 「500万年前 二足歩行 → 100万年前 火の使用 → 20世紀 核兵器 → 21世紀 国家崩壊 → ?」


 矢印の先は空白のままだった。

 「この問いに答えるのは君たちだ。火を恐れず、維持し、点けた人類は、ついに核を持った。そして国家が崩壊した今、次に歩き出すのは――火を共有する新たな“非国家の社会”かもしれない」


 講堂に沈黙が落ちた。瓦礫に囲まれた都市と、百万年前の洞窟の火が、一つの線で結ばれていた。


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