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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第17章 分析 研究室での解釈



 南アフリカ・ワンダーワーク洞窟から持ち帰られたサンプルは、臨時キャンプの分析室へと運ばれた。白い簡易テントの内部には、発電機の唸りと小型冷却装置の低い音が響いている。東京壊滅後、研究機関の多くは焼失したため、ここに設けられたのは仮設に過ぎなかった。しかし、集められた機材は世界各地からかき集められた最先端の分析器材であり、調査隊の熱意を支えていた。


 長い机の上に並べられたのは、黒褐色に焼けた土壌サンプルと、ガラス状に熔けた鉱物片。それぞれにラベルが貼られ、採取位置や深度が記されている。顕微鏡、赤外分光計、質量分析計が稼働を始め、テント内の空気は焦げた石英片の匂いでわずかに甘苦くなった。


 「まずは燃焼痕の確認からだ」

 藤堂科学主任が指示を飛ばす。顕微鏡に接続されたモニタには、木炭の断片が鮮明に映し出された。細胞組織が炭化し、形状が保持されたまま黒く焦げている。


 「燃焼温度は三百度を超えている。自然火災ではここまで安定した燃焼は起きにくい。洞窟の奥まで炭が連続しているのも、持ち込んで管理した証拠だ」


 学生たちがざわめいた。確かに、百万年前の人類が火を“維持”していたことを示す重要な証拠だ。


対立の萌芽


 だが、議論はすぐに次の段階へ移った。熔けた鉱物片の分析結果が示されたからだ。赤外分光分析のグラフには、石英がガラス化し、赤鉄鉱に酸化変化が起きているピークが現れていた。


 「ここを見てくれ」

 藤堂はレーザーポインタで画面を示す。

 「火の温度は七百度近い。単なる焚き火ではなく、鉱物を加工していた可能性がある」


 星野医務官が眉をひそめる。

 「加工? そんな必要があったのか? むしろ煙や有害ガスの危険がある。閉鎖空間で火を扱うのは命取りだ。彼らは食物を焼いただけではないのか」


 「違う」

 藤堂の声は硬かった。

 「熔融痕は繰り返し現れている。偶然の混入では説明できない。火を制御し、意図的に鉱物を熱した。これこそ人類の意識の拡張だ」


 その言葉に、真壁教授がうなずく。

 「技術の萌芽としての火。社会性の中心としての火。人類進化における第二の革命だ」


 議論に割って入ったのは葛城副隊長だった。軍服の襟を正し、冷静な声を響かせる。

 「問題は、その証拠をどう扱うかだ。もし火が鉱物加工に使われていたのなら、技術史の解釈が変わる。だが同時に――これは軍事技術の起源でもある。石を加工する力が、やがて武器を生んだからだ」


 テント内の空気が重くなった。研究者たちの視線が葛城に集まる。


 「東京を壊したのもまた“火”だった。核という極限の炎だ。人類が火を使い始めた瞬間から、今日の破壊に至る道が始まっていた。」


新たな証拠


 さらに別の分析結果が提示された。熔融した鉱物片の表面を電子顕微鏡で拡大すると、微細な六角格子が浮かび上がったのだ。


 「これは……」

 高槻が声を漏らす。


 藤堂は息を呑みながら説明した。

 「自然結晶化にしては規則的すぎる。人工的な“パターン”の可能性がある。南アフリカの洞窟で、百万年前に……?」


 星野は即座に反論した。

 「飛躍しすぎだ。熱応力による割れ目の連続かもしれない。もし本当にパターンだとしたら、それは未知の作用……あるいは外部からの影響だ」


 その言葉に、場が凍りついた。外部からの影響――誰も口にしたくなかった仮説だ。



 少なくとも人類は偶然ではなく、意図を持って火を制御していた。ここが進化の本質だ


 真壁教授はさらに静かに言葉を選んだ。

 「確かに、火は人類を進化させたと同時に、破壊の道を開いた。我々の東京がそれを証明している。だからこそ、調査の一歩一歩を確実に重ねるしかない」


 ――「ワンダーワーク洞窟より、火の制御利用の証拠を確認」

 ――「鉱物加工の痕跡とみられる熔融パターンを発見」


 言えるのここまで


 テント内に沈黙が広がった。研究者たちの表情は不満と安堵の入り混じりだった。


 彼は心の奥で思った。

 ――火は人類の始まりを照らした。だが同時に、いまも我々を試している。


 夜。キャンプの外は満天の星空だった。カルー盆地の乾いた大地に冷たい風が吹き渡る。遠くで発電機の灯りが揺れ、その小さな炎のような光を見つめながら、隊員たちはそれぞれの思いに沈んでいた。


 そのとき、高槻がふと呟いた。

 「百万年前の火と、東京を焼いた炎は、同じ連続の上にあるんだろうか」


 誰も答えなかった。ただ、夜空にまたたく星々が、沈黙のまま問いかけに応じているように見えた。


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