第12章 調査前ブリーフィング ― ワンダーワーク洞窟の知見
発表のスクリーンに、南アフリカ北ケープ州の地図が映し出された。
「調査地は――ワンダーワーク洞窟」
司会を務める真壁教授が声を整えると、会議室に張り詰めていた緊張がわずかに動いた。
オンラインで繋がった各国研究者の窓越しに、確認の頷きが連なる。東京壊滅の後、電力と通信は不安定だったが、この瞬間だけは学術ネットワークの再建が生きていた。
真壁は続けた。
「洞窟はカルー盆地の東縁、小丘の内部に広がる長さ約140メートルの水平洞窟です。石灰岩質で、200万年以上の堆積層が連続して保存されています」
画面に表示された断面図には、灰色と褐色の層が交互に積み重なり、その間に黒い筋がいくつも走っていた。
「この黒い筋が、火の痕跡です」
ヨーロッパ側のルグラン博士が補足した。
「顕微鏡分析で木炭片が確認され、赤外線分光で加熱骨と石英粒子の熔融痕が検出されています。温度は300〜700度。自然火災ではなく、焚き火に相当する範囲だ」
学生や若手研究員の目が一斉に輝く。火を人為的に扱った最古級の証拠――人類進化の教科書に必ず記される一節が、いま目の前で議論されているのだ。
アフリカ側のマレカ博士が画面に顔を寄せる。
「さらに重要なのは、火が洞窟の奥深くに存在するという点だ。自然火災の炭や灰が風でここまで運ばれるのは不自然。つまり人類が持ち込み、維持していた可能性が高い」
教授陣の間に低いざわめきが広がる。
藤堂科学主任が口を開いた。
「関連層からはアシュール型石器、つまり手斧や石核も出ています。年代は200万年前にさかのぼる。使用主体はホモ・エレクトスでしょう。つまり、二足歩行を確立し、道具を使い、火を維持した最初の人類です」
その言葉に、野間通信士は机の端でそっと手を握り締めた。瓦礫の東京で灯りを求めた市民の姿が脳裏に浮かんだからだ。火は、今も昔も、生存の象徴であり、制御を誤れば破滅を呼ぶ。
エレンベルク博士が慎重に付け加える。
「火の痕跡の中には、鉱物片の熔融変質も報告されている。これは単なる調理ではない。“加工”への利用を示すものかもしれない」
会議の空気が一気に張り詰めた。
もしそれが事実なら、火は食や防御のためだけではなく、物質を変える道具としてすでに使われていたことになる。エネルギー制御の始まりが、想像以上に早かったことを意味していた。
星野医務官がすぐに割り込んだ。
「ただし忘れてはならない。洞窟は閉鎖環境だ。未知のカビや古細菌が数百万年眠っている可能性がある。調査には厳格な防護措置が必要だ」
片倉大佐が低くまとめた。
「安全は軍が担保する。だが科学は止められない。火の起源を解き明かすことは、東京を失った我々が未来のエネルギーをどう扱うか、その教訓となる」
会議に沈黙が落ちた。
誰もが心の奥で理解していた。百数十万年前、人類はここで火を囲み、暗闇を克服した。
そして今――暗闇に沈んだ東京を抱えた自分たちは、その原点を再び見に行こうとしている。




