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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第7章 報告と分岐する解釈



 深夜のトゥルカナ湖畔。砂塵が風に舞い、テントの壁を叩く。発電機の低い唸りが、静まり返ったキャンプのただ中で唯一の生活音のように響いていた。

 仮設ラボの光だけが孤島のように闇を押し返し、そこに研究者たちが集まっていた。机上には骨片が封印容器ごと置かれ、複数のモニタに結晶構造の解析データが表示されている。波打つ線はまるで心拍のように規則的で、見ているだけで胸がざわつく。


 「報告文をどうまとめるか」

 通信士・野間の声は震えていた。端末のカーソルが点滅を繰り返す。


 藤堂科学主任が即座に口を開く。

 「“人類型の頭蓋骨を発見、結晶構造を内包”――事実をすべて記すべきだ。これを矮小化すれば、科学の信頼そのものを損なう」


 医務官・星野が眉をひそめる。

 「いや、それでは地球側がパニックになる。感染リスクの可能性も報告せねばならないが、それは政治的決断を強制することになる。私たちの責任は安全の確保だ」


 葛城副艦長は腕を組み、冷徹に言った。

 「軍の立場から言えば、この情報は制御下に置く必要がある。報告は“人骨の発見”に留め、結晶や波動反応は付随データとして暗号化する。開示範囲を限定せよ」


 「まただ……」藤堂は悔しげに机を叩いた。「いつも科学は後回しにされる。南極の時も、相模トラフの時もそうだったじゃないか!」


 その言葉に、一瞬場が凍りついた。相模トラフ――東京壊滅後、深海から引き揚げられた“異質骨格”。今は公には秘匿されているが、ここにいる全員がその存在を知っていた。


 欧州の古人類学者が口を開く。

 「確かに……あの時の骨格と今回の発見には似通った点がある。ただし決定的に違う。深海の骨はヒトの形から外れていた。これは逆に、ヒトに近すぎる。だからこそ怖い。どちらも自然の進化の延長なのか、それとも……」


 彼の声は尻すぼみになった。誰もが心の奥で、言葉にできない仮説を抱えていた。“人類の起源に、別の系統が絡んでいるのではないか”。


 野間は端末に指を走らせながら、息を呑んだ。報告文の候補は二つに分かれている。

 一つは「湖岸にて人骨状の化石を発見。形状はヒト属に近似」。

 もう一つは「結晶構造および波動反応を確認。相模トラフの骨格事例との類似点あり」。


 「……どちらを選ぶべきか」

 野間の声はかすれていた。


 藤堂は即答する。「後者だ。科学は真実を隠してはいけない」

 星野は即座に反論する。「それは恐怖を呼び、研究継続を阻む」

 葛城は二人の間を断ち切るように言った。「選択肢は一つ。前者だけを送れ。後者は暗号化して本部サーバに隔離。アクセス権は制限する」


本件は臨時政府・科学安保室の統制下にある。表の報告は一行、裏のデータは暗号化だ――それが“運用”


 沈黙。外では砂が舞い、テントの布を叩いている。


 そのとき、解析機の画面が一瞬だけ明滅した。波形の周期が乱れ、骨片から微弱な放射線が検出されたのだ。オペレーターが声を上げる。

 「……異常パルス! 周期が、野間さんの心拍と同期してる!」


 一斉に視線が野間に注がれる。モニタには彼の生体データがリアルタイムで映っていた。心拍のリズムと、骨片の発する波動が、恐ろしいほど一致している。


 藤堂が震える声で言う。

 「これは……記録ではない。誰かの意識を……」


 星野が遮る。「言うな!」

 葛城が即座に命じる。「データ遮断! シールドを強化しろ!」


 ラボの照明が一瞬揺らぎ、発電機の唸りが高まった。野間は端末を握りしめ、カーソルの点滅を見つめた。――報告をどうするか。彼が選ぶ一行が、地球とこのキャンプの運命を分けることになる。


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