第6章 三つ目の証拠
会議で決まった調査地点は、ケニア北部・トゥルカナ湖の東岸だった。湖は朝焼けを映し、青緑の水面の向こうに乾いた大地が広がっている。数百万年前から幾度も水位を変え、そのたびに岸辺の生物を飲み込み、保存してきた土地だ。既知の人類化石の宝庫でもあるが、今回の目的は「未調査帯」。衛星写真で見つかった微かな地形異常が手掛かりだった。
日本・欧州・アフリカの合同チームは、仮設テントを設営し、携帯式ドリルとシェルター型ラボを稼働させた。発電機は太陽光と小型原子力バッテリーの併用。東京壊滅後の混乱の中で、こうした国際協力体制が維持されていること自体が奇跡に思えた。だが誰も口にはしなかった。今はただ掘り進めるしかない。
「深度、二メートル到達。層序、安定しています」
若いアフリカ人研究者が読み上げる。掘削パイプから押し出されたコアは、層ごとに色合いを変えていた。赤褐色の火山灰、淡黄の砂層、灰白の石灰質。年輪のように積み重なる堆積が、数百万年の時を物語る。
藤堂科学主任がコアをライトに透かし、顕微鏡へと送る。
「……気泡は少ない。保存環境は理想的だ」
やがて一本のコアの中層に、異様な反射があった。乳白色の地層に埋もれるように、光を返す小片。取り出されたのは、砕けた頭蓋の一部だった。ヒト型だが、頬骨の角度がわずかに異なる。まるで人類と隣接した“別の枝”の存在を告げているかのようだった。
「人骨……だが、違う」
藤堂は震える声で呟いた。
骨片の断面を電子顕微鏡にかけると、そこには微細な結晶が走っていた。網目のように神経線維に沿い、六角格子を組んでいる。相模トラフの深海で見つかった異質骨格と酷似していたが、形状はむしろヒトに近い。
「また、か……」
医務官・星野の顔が曇る。
「自然由来の鉱化か、未知の感染構造体か……判断がつかない。少なくとも素手で触るのは危険だ」
解析室のAIが結晶の配列を数値化する。数秒後、画面に「周期的符号化の可能性」というコメントが現れた。連続する並びは単なる鉱物の沈着ではなく、圧縮データのようにリズムを持っている。
「情報……いや、そんなはずは」
欧州側の古人類学者が言葉を飲み込む。
藤堂は食い下がった。
「アフリカの正統な人類進化の場に、この“符号”が現れた。深海の異質骨と偶然の一致で片づけることはできない」
だが葛城副艦長は冷ややかだった。
「決めつけるな。人類の祖先ではなく、人類に似せた“別の何か”かもしれん」
議論は平行線を辿った。星野は感染リスクを理由にサンプル隔離を主張し、藤堂は観察継続を訴える。野間通信士は端末に報告文を打ち込みながら、言葉を探していた。「人類に近い頭蓋骨を発見」と書けば世界は震撼する。しかし「結晶構造を内包」と付け加えれば、軍と政治が一斉に動き出すだろう。
そのとき、保管庫のセンサーが微弱な反応を示した。骨片から、周期的な信号が拾われたのだ。心拍のような、呼吸のような。モニタに並ぶ波形は、まるで生きているかのように律動していた。
「……これは生物活動なのか、それとも情報信号なのか」
誰も答えられなかった。
テントの外、トゥルカナ湖の水面は不気味なほど静かだった。だが研究者たちの胸中には、嵐のような疑念が渦巻いていた。人類の過去に刻まれたものは、進化の痕跡なのか、外からの介入なのか。結論は遠のき、謎だけが深まっていった。




