第60章:不可解な電波:大本営の困惑
1945年7月。東京、陸軍省の地下深くにある作戦会議室は、鉛色の重苦しい空気に満たされていた。換気扇の鈍い唸りだけが響く中、壁にかけられた巨大な日本地図には、沖縄本島を示す赤い印が、まるで血の滲んだ傷跡のように不気味に広がっていた。
この数ヶ月間、沖縄からの戦況報告は、大本営の将校たちを混乱の極地に落とし込んでいた。断片的に届く情報は、どれも信じがたいものばかりだった。米軍の予想外の損害、そして「未知の敵」による異常な抵抗。そして現在、米軍の未知の新型大型空母による未曾有の攻撃。
陸軍参謀総長・梅津美治郎は、分厚い資料の束を叩きつけるように置き、深く息を吐いた。海軍軍令部総長・豊田副武は、壁の地図に目を向けたまま、微動だにしない。彼らの間には、沖縄で何が起きているのか、その全貌を把握しきれない苛立ちが渦巻いていた。
「沖縄からの報告は、依然として混乱を極めております」一人の参謀が、震える声で報告を始めた。「米軍は、あの島での抵抗に異常な焦燥を見せ、未知の爆弾である原子爆弾とやらの増産を決定したとのこと。理解不能なのはこれだけではありません。同時に…不可解な戦果も報告されております」
「不可解な戦果だと?」梅津が低い声で問う。 「は…はい。戦艦大和が健在であるとの報が、複数回にわたり入電しております。さらに、これまで見たことのない艦影、信じがたい速度で航行し、我々の知るどの艦とも異なる航空機を運用する『新鋭の特殊艦』が、米軍に甚大な被害を与えていると…」
会議室に、ざわめきが広がった。「大和が健在だと!?」「神風だ!」「天祐だ!」熱狂的な声が上がる一方で、藤村正之少将は、その冷静な眼差しで報告を聞いていた。彼の眉間には深い皺が刻まれている。大和の特攻攻撃の運命は、既に軍部の常識であった。それが健在であり、さらに「見慣れぬ強力な艦」と共に敵を撃退しているという事実は、彼にとって「天祐」などではなかった。それは、理解不能な「異変」であった。
「馬鹿な。そんな艦が、我が国に存在するはずがない」豊田が冷たく言い放った。「米軍の欺瞞工作か、あるいは、疲弊した現場の誇大報告に過ぎぬ」。
しかし、藤村は内心で首を振った。沖縄からの報告は、あまりにも具体的すぎた。F-35B」という未確認の航空機が、B-29編隊を壊滅させたという情報。米軍が「原子力空母ドナルド・レーガン」と呼ぶ巨大な艦影による圧倒的な攻撃。