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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン9

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第91章  第六の掘削点 ― 群集



 第五点の解析ログがまだスクリーンの端で流れ続けているうちに、地質レーダーはもう一つの“乱れ”を示した。点状でも帯状でもなく、面で広がる反射。薄い氷層の一面に、細かな起伏が敷き詰められている。葛城副艦長は短く言った。

 「ここを抜く。面のサンプルだ。単体ではなく群集の可能性がある」


 リグが据え付けられ、ドリルが氷を静かに噛む。冷却ガスが脈打つたび、居住モジュールの床にかすかな震えが伝わった。やがて上がってきたコアは、前のどれとも異なっていた。長手方向ほぼ全域にわたり、複数の生物片が同一層内で重なり合っている。まるで一枚の“海底ベッド”を円筒にくり抜いたかのようだった。


 隔離ラボ。温度と気流が固定され、ステージ上にコアが横たわる。透過・偏光の非破壊観察。最初に目に飛び込んできたのは、円盤状の“吸着盤”だった。中心から短い茎状の構造が伸び、その先に扇状の葉状体がたたまれている。扇は縁で細かく分岐し、羽根の小枝のように反復する。

 「……レンゲア型のフロンド(葉状体)に酷い。基部の“吸着盤”はホールドファストだ」

 藤堂科学主任の声に、野間通信士が画面を拡大する。基部の円盤は氷中の微細粒子層に密着し、茎の基部には繊維束が螺旋状に巻く。自重を支えるための張力構造だ。


 「待て、隣にも別タイプがいる」

 星野医務官が指さす先、袋状の体腔を持つ扁平な楕円体が埋まっていた。上面にはキルトのような縫い目状の縞、側面には規則的な開口列。

 「……エルニエッタ型に類似。堆積面に半ば埋没し、微流を捕らえる“受動濾過”を思わせる」

 ラマンを最小出力・分割照射。袋の壁は有機とシロキサンの複合で、縞の境界に高密度の繊維節。壁厚は周縁で増し、上面中央は薄い。圧に耐えつつ、上面でガス交換/栄養交換をしていたかのような重み配分だった。


 さらに視野の外縁、細い石灰質の管が束になって走っているのが見える。管は数ミリ径で、等間隔の輪帯を持ち、ところどころに小さな穿孔ホール

 「……クラウディナ様の管群だ。輪帯は成長線、穿孔は——」

 藤堂が言いよどむと、葛城が補う。

 「捕食痕かもしれない。だが断定はしない」

 マイクロCTで内腔を追うと、穿孔部の内側に二次的な肉厚化が見られた。損傷後の修復を思わせる層。ここに、攻撃と応答の関係が、薄く刻まれている。


 顕微鏡の焦点を下層に落とす。暗い微細な膜が、堆積面全体を薄布のように被覆していた。微生物マット——マットグラウンド。その表面に、幅が一定の擦痕が斜めに走る。繰り返し間隔は安定し、行きつ戻りつの往復が重なる。

 「刃のような口器ではなく、腹面の柔らかな器官で擦ったパターン。地球ならキンベレラ様の掻き跡に比されるやつだ」

 星野が抑えた声で言う。

 「ここにも“食べる”と“食べられる”、そして“這う”が同居している。——生態がある」


 画面を俯瞰に切り替える。ホールドファストに結ばれたフロンド群が点在し、その間を袋状体が埋め、さらにその周縁を管群が取り巻く。下敷きに微生物マット。そこに擦痕。

 「群集組成だ。篩い分けられた“個体”ではなく、同一の場の“関係”ごと保存されている」

 藤堂の声は震えていた。「地球のエディアカラ群集に対応が取れる。だがここでは——立体と軟組織が残っている」


 野間が通信端末に手を置く。

「報告文は——『第六点にて、多様な多細胞構造が同一層内で共存。フロンド基部のホールドファスト、袋状体の開口列、管群の穿孔と修復層、基底のマットグラウンドおよび擦痕。未化石化保存』——ここまでにします」

 彼の声はかすれていた。これをそのまま世界に流せば、教科書が書き換わる。興奮と恐怖が、指先で交錯する。


 星野はモニタの隅でガス交換センサーの数値を見張っている。温度は固定、能動刺激は最小、映像は非同期照明。“見ないで読む”の原則は、なお生きていた。

 「封鎖は維持。——藤堂、機能語はレポートから外せ。『濾過』『捕食』『這行』は示唆として別紙に。本文は記述で終えよう」

 葛城の声は冷静だが、眼差しは深い。ここに軍事的価値も政治的爆発力も宿ることを、彼は誰より早く嗅ぎ取っている。


 藤堂は黙ってうなずいた。だが手は止まらない。フロンドの分岐角を計測し、反復スケールを抽出。袋状体の開口列のピッチをプロット。管群の穿孔径分布をヒストグラムにし、修復層の厚みと相関を取る。下敷きのマットには剪断方向を矢印で重畳する。——場のモデルが、静かに立ち上がっていく。


 「偶然の寄せ集めじゃない」

 彼は息を吐いた。「環境・摂食・付着・防御。その関係式が一枚に焼き付いている。保存の単位が“個体”ではなく、**“生態”**だ」


 ラマンの弱い光が、フロンドの節でかすかに滲んだ。節ごとにシグナルの位相がわずかにずれる。負荷分散と波の伝播——生きていたときの力の流れが、氷の中に微かな余熱のように残っている。

 星野はその揺らぎを見て、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

 「——目覚めさせないでくれ」

 独り言のような声が、マスクの内側で消える。


 最後に、藤堂は全てのマップを重ね、第三・第四・第五点のデータと系統樹もどきを描いた。ディッキンソニア様の面分節、サイクロメデューサ様の放射梁、スプリギナ様の左右相称と中央索。そして第六点の群集。

 「点ではなく面、個ではなく関係——保存の粒度が上がっている」

 彼は呟く。「選んでいる。段階ごとに、代表の“場”を」


 葛城は短くまとめた。

 「第六点、解析継続。封鎖堅持。送信は保留。——次の座標を出せ」


 居住モジュールの外、赤い大気の向こうで薄い太陽が傾き始める。氷の円筒の中に閉じ込められた古い海は、なお沈黙している。だがその沈黙は、もはや静けさではなかった。設計された沈黙。

 誰かがここに“場”を運び、“関係”ごと凍らせ、次の訪問者のために並べた。——そうとしか思えないほどに、秩序は過剰だった

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