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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン9

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第90章 第五の掘削点



 第四の掘削で得られたチャルニオディスクス型のサンプルがまだラボの冷凍隔離室に収められているうちに、探査隊は次のボーリングに着手していた。氷床は一見、単調に続く透明な層にすぎない。しかし地質レーダーは別の“乱れ”を示していた。線形ではなく、帯状に走る影。しかもそれはわずかに曲線を描き、規則正しく折れ曲がっていた。


 「このパターン……自然の流れじゃない」

 藤堂科学主任の声には、押し殺した興奮がにじんでいた。


 リグが起動し、ドリルビットが氷を削り進む。排出された切り屑は回収ラインに吸い込まれ、無菌カプセルへと送られていく。数時間後、長さ1メートル弱のコアが搬送されてきた。照明を透過させた瞬間、全員の視線が一点に集まった。


 氷の中に、細長い影が横たわっていた。体の前端は丸みを帯び、後方へ伸びる部分はわずかに狭まっている。全体は10センチ前後と見積もられ、線対称を思わせる。さらに驚くべきことに、両側には規則正しい分節のような痕跡が走っていた。


 「これは……」

 藤堂は言葉を失いかけ、やっとの思いで名を挙げた。

 「スプリギナに似ている」


 その名前に、通信士・野間が小さく反応した。

 「スプリギナ? あの、地球の先カンブリアの……左右相称動物の祖先とされる?」


 藤堂は頷いた。

 「そうだ。左右相称性を初めて示したとされる存在。だが地球では、砂岩に印象化石としてかすかな影を残すだけだった。それがここでは……立体のままだ」


 隔離ラボで顕微鏡観察が始まる。照明に浮かび上がったのは、扁平な体の前端に、わずかな凹みのような“口”らしき構造。そして両側に走る分節列。各分節には短い隆起があり、まるで原始的な筋肉か付属肢の痕跡に見える。


 「体の左右に並ぶリズム……偶然じゃない。これは運動器官だ」

 藤堂の声は震えていた。

 「地球の進化史で、左右相称動物の出現はすべての始まりだ。昆虫も人間も、この流れの上にある。……その祖型が、火星で生きた形のまま保存されている」


 医務官・星野は険しい表情で端末を操作する。

 「待て。構造の同定はまだ。有機分子の反応を先に見るべきだ」


 蛍光プローブを最低強度で照射すると、分節に沿って淡い光が帯状に走った。顕微鏡の下でそれは一瞬、まるで神経の閃きのように見えた。

 「有機残渣の配列。炭素骨格がまだ組織を保持している」

 オペレーターの報告に、藤堂は深く息を吸い込んだ。


 さらにマイクロCTで内部を解析する。体の中央には細長いチューブ状の構造が走っており、両側の分節とは結節で接続されていた。

 「これが消化管か、それとも神経索か……どちらにしても、系統的な設計がある」


 隊員たちの間にざわめきが広がる。もしこれが本当にスプリギナ型であるなら、地球生命進化の根幹をなす存在と一致する。だが、同じ系統が火星にも存在する理由をどう説明するのか。


 葛城副艦長は冷徹に言い放った。

 「推測を積み重ねるな。報告には“左右相称的構造を持つ多細胞組織”とだけ記せ」


 だが藤堂は食い下がる。

 「副艦長、このサンプルが示すものはあまりに重大だ。地球の進化が孤立していたのではなく——設計された種の頒布の一環だった可能性が高い」


 星野はすぐさま声を上げる。

 「その“設計”が事実だとしても、ここで迂闊に加温すれば未知の生命系を目覚めさせることになる。感染、毒素、生態系撹乱——リスクは計り知れない。絶対に加温は許さない」


 緊張がラボを支配する。野間は端末に手を置いたまま、報告文の表現に迷っていた。

 「“生物発見”と書けば世界は熱狂する。でも“左右相称性”と加えたら……地球の生命観がひっくり返る」


 藤堂は彼に目を向け、低く言った。

 「書け。記録しろ。人類はこの瞬間を知るべきだ」


 葛城はしばし沈黙し、やがて短く命じた。

 「記録は残せ。ただし地球送信は保留。データはまず封印。——我々の判断で世界を煽るわけにはいかん」


 野間は唇を噛み、結局「第五掘削点にて、左右相称的特徴を持つ多細胞構造を確認。未化石化状態」とだけ入力した。


 ラボの照明に浮かぶ氷コアの中で、スプリギナ型の影は沈黙していた。だがその左右対称の姿は、まるで未来の地球生物すべての設計図を暗示するかのようだった

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