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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン9

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第88章  第三の掘削点



 地質レーダーの反射像に、扇状の奇妙な明滅が現れた。氷床の同じ厚さの層が等間隔に並ぶはずの断面に、そこだけ柔らかく丸い“影”が反復している。藤堂はしばらく黙ってスクリーンとにらみ合い、やがて静かに言った。

 「ここを掘る。第二点からは十分離れている。独立事象として扱える」


 移動式リグは低い唸りを上げながら新たな座標に据え付けられ、ドリルヘッドが氷面へ降りていく。窒素ガスの冷却ラインが流量を増し、切削と同時に発生する熱を奪い続けた。粉雪のような切り屑は真空ラインで吸い上げられ、封緘カプセルに収められていく。深度が増すにつれ、モニタには透明度の高い氷が連なる中に、時折薄乳色の帯が挟まるのが映った。堆積史のリズム——しかし、今回はその下に“円”が待っていた。


 「コア上昇開始……視認、います」

 オペレーターの声がわずかに上擦る。ラボへ運び込まれたコアには、半透明の氷の中に、円盤状の影が静かに沈んでいた。輪郭は崩れず、中心から外周へ向けて淡い環が幾重にも広がっている。まるで波紋が凍りついたかのようだった。


 顕微鏡ステージに固定し、まずは非破壊の透過・偏光観察。斜入射の光が当たると、環状の帯が角度によって強く・弱く現れ、中心部のわずかな隆起がふっと浮かび上がる。

 「放射状の筋が出る。——ここ、脈のように枝分かれしている」

 藤堂が指で示した先、中心から伸びる細い“肢”が、外周のリングに接続していた。いずれも扁平で、骨や殻の硬い印象はない。全体は柔らかな膜の重なりで出来ているように見えた。


 「サイクロメデューサ……に、近い」

 誰かが息を呑む。地球では砂岩に残る印象化石として知られ、円盤状・放射対称・同心円状の帯——その記述に合致する。だが地球の標本と決定的に違うのは、ここには立体の膜と内部区画が保たれていることだった。


 医務官・星野は手順書をめくり、口早に念押しする。

 「能動刺激禁止。化学染色も不可。温度は現状維持。封鎖レベルを上げる」

 葛城副艦長が短く頷く。「続けろ」


 ラマンの励起光は最低出力、照射は時間分割で熱負荷を避ける。スペクトルは、前回のリボン状試料と同様に有機とシロキサンの複合を示した。さらに、中心隆起部では外周リングより有機由来のピークが相対的に強く、**機能分化(中心=器官核、周縁=支持膜)**を示唆する差が見て取れた。

 「中心に“やること”が集められている。外側はおそらく張力の分散だ」

 藤堂の声は抑制されているが、熱が混じる。


 続いてマイクロCT。薄い膜が幾層にも重なる“皿”のような構造が、中心の小丘に向けてゆるやかにすぼまり、各層の縁で細い梁状の繊維が放射状に張っている。梁は一定間隔で環状の帯に吸い付くようにつながり、全体としては張力ドームのような構造物を形成していた。

 「物理的には、氷内の外圧変動に耐える設計だ。水中での“呼吸”に似た膜運動も可能だったはず」

 藤堂が言うと、星野が即座に遮る。

 「“呼吸”という語は避けて。代謝の示唆はまだ早い」


 野間が小さく手を挙げた。

 「中心部と外周部の密度差、さっきから微妙に振れている。温度・振動補正後でも揺れが残る」

 オペレーターが再計算する。「確かに……周期的ではないが、内部でわずかな体積変化。熱膨張では説明しきれない幅です」


 ラボの空気が一段と張り詰めた。

 「加温はしていない。——なら、内部の凝固・融解の僅差?」

 星野が可能性を並べる。「あるいは吸脱着。いずれにせよ“反応”は起きている。隔離強化」


 藤堂は顕微鏡の照明を擬似乱数で振るよう指示した。周期刺激を避けるための安全策だ。映像上、放射状の梁が角度ごとに浮き沈み、中心部の層が心臓の弁に似た形で交差するのが見える。生体という語を避けても、構造は“機能”を語っている。


 「第二点のディッキンソニア型が“面で分節”なら、こっちは“放射状の梁で支持”だ。祖先的クラゲのイメージに近いが、地球のどれともぴったりは重ならない」

 藤堂のまとめに、葛城が短く言う。「分類は後。相違点と共通点を積み上げろ」


 データバンクとの照合結果が上がる。南極の氷床下湖で数ヶ月前に報告された未知試料の配向・形態パターンと高い相同性。完全一致ではない——だが、祖形が同一であることを強く示唆する類似度だった。

 「地球と火星で、**体系だった“保存”**が行われている」

 野間が呟き、すぐに口をつぐむ。星野は彼を横目で制し、葛城は結論を避ける表情で言葉を選ぶ。

 「報告文は“放射対称・環状構造、中心—周縁の機能分化示唆、非化石化保存”まで。推測語は削る」


 最後に藤堂は中心隆起の断面データを重ね、外周リングとの位相差を取った。ごくわずかだが、中心が先行して“遅れ”、外周が追随する揺らぎが記録に残る。

 「膜運動の伝播方向がある。——それは、単なる結晶配向では出せないはずだ」


 氷の皿のような円盤は、白い光の中で沈黙したままだった。だが、その沈黙の内部に、設計された秩序が潜んでいる。地球の砂岩に押し花のような影を遺した存在が、ここでは膜と梁と層を保ち、“働ける”形のまま眠っている。


 コアは二重封鎖へ戻され、ラボの気流は独立循環に切り替わる。葛城が最後に告げた。

 「第三点、解析継続。ただし——見ないで読むを徹底する。次の掘削へ移る」


 赤い惑星の薄い朝光が、居住モジュールの外壁に白く滲んだ。隊の誰もが気づいていた。偶然ではない。誰かが、進化のある段を選んで、ここに並べているのだと。次のコアが、疑いを確信へ変えるだろう

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