表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン9

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1279/3615

第82章 目的地到達と調査開始



 正午を過ぎた頃。

 〈MIZUHO〉は緩やかな斜面を下り、北東の窪地へと進入していた。目標座標まで残り0.8キロ。フロントカメラの映像は、赤褐色の砂に点在する白い斑点を鮮明に映し出していた。太陽光は薄く濁った空を通って届くため、陰影は淡い。しかし窪地の底に広がる氷の輝きは、異質な冷たさを放っていた。


 「残距離八百。ナビゲーション誤差二%以内」藤堂が報告する。

 「速度を四に落とす」葛城は操縦桿を軽く引き、前輪に制動をかけた。サスペンションが柔らかく沈み、車体全体がゆっくりと傾斜に合わせて動く。


 外は静かだった。風速は毎秒二メートル未満。粉塵はほとんど舞い上がらず、ホイールの跡がそのまま赤い地表に刻まれていく。車体の影が細く伸び、その端に霜が光を返す。藤堂はスキャナーの画面を確認し、周囲の放射線量が背景値に収まっていることを確認した。数値は「緑(=正常域)」だが、安心という言葉には遠い。


 「地表レーダ、深度スキャン開始」藤堂が操作する。パルスが発射され、窪地の地下へと潜っていく。返ってきた波形は、明瞭な二つの層を示していた。深度2.8メートルに氷床、さらにその下に強い反射面。自然の地質境界とは思えない直線的な立ち上がり。

 「人工的な平面か、あるいは空洞。反射率は金属に近い……」藤堂の声が低くなる。


 葛城は短く答えた。「全周を一度回る。接近はその後だ」


 〈MIZUHO〉は窪地の縁をなぞるように進んだ。カメラが周囲360度を撮影し、地形モデルがリアルタイムで構築される。崩落の危険がある斜面、風下にできた砂丘の吹きだまり。すべての情報を地図上に重ね合わせ、帰路のルートも同時に更新された。


 「磁場センサー、異常パターンを検知。変動幅0.3ナノテスラ。背景に対して有意だ」藤堂が告げる。

 「自然磁鉄鉱にしては整いすぎてる」葛城は眉をひそめた。


 窪地の中心部に近づくと、地表の砂に混じって黒い鉱物片が散らばっていた。破片は角ばっており、自然の風食だけでは説明できない形をしている。藤堂はロボティックアームを伸ばし、サンプルキャニスターに数片を回収した。

 「硫酸塩か、酸化鉄か……それとも未知の複合鉱物。成分分析は帰還後だ」


 午後二時。窪地の中央付近に到達。〈MIZUHO〉は速度を落とし、安定した地盤を選んで停止した。

 「座標一致。到達確認」葛城が宣言する。


 すぐに周辺調査の手順に入った。

 1. 放射線測定:ポータブル線量計を地表に設置し、バックグラウンド値を記録。

 2. 地磁気測定:三軸磁力計で周囲の磁場変動を観測。一定の周期で強弱を繰り返していた。

 3. 地表試料採取:コアサンプラーで10センチ深の砂を回収。表層の氷片も一部採取。


 「数値はすべて安全域。ただ……周期がまた出ている。七分十一秒」藤堂が小声で言う。

 葛城は短く応じる。「記録だけ残せ。結論は急ぐな」


 夕刻が迫る。太陽は傾き、窪地の内側に長い影が伸びていた。赤い砂と白い氷の境界線が、夜の訪れとともに濃くなっていく。〈MIZUHO〉は岩陰を選び、宿営モードへ移行した。外部センサーを三本展開し、振動・磁場・温度の連続観測を開始。


 藤堂は最後に窓越しに窪地の中心を見た。氷の斑点が夕日を反射し、一瞬だけ緑がかった光を放った。

 「自然にしては……出来すぎている」

 葛城は答えなかった。ただ視線をその光から逸らさず、短く言った。

 「明日、掘る」


 火星の夜が迫っていた。

 赤い静寂の中で、彼らは初めて未知の扉の前に立ったのだった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ