第57章 存在の帰結 ― 人類は誰の子か
夕暮れ。湖の外が薄紫に染まる中、議長が最後の問いを提示する。
「もし未来に私たち自身が“生命の種”を宇宙へ撒くなら、どうしますか?」
コルテスが答える。
「三つの方法があります。①化学物質を撒き環境に任せる。②設計済みの遺伝子を送り込み、知性が生まれやすいよう仕組む。③物質ではなく、数学や音楽のような普遍的情報を送り、受け手が自力で解釈する」
ハインリヒが首を振る。
「②は強制的すぎる。受け手の自由を奪いかねません。倫理的な問題が大きい」
哲学者レナーテが加える。
「③は美しいが、文明が未発達なら受け取れない。与えすぎれば傲慢、与えなければ冷酷。境界は難しい」
文化人類学者の宗田が提案する。
「最善は“翻訳可能性”を残しつつ、相手の自律を尊重すること。つまり、数学や物語のような“共通の枠組み”を薄く提示するだけにとどめる」
宇宙物理学者ラホールが銀河の映像を映し出す。
「私たちが誰の子かは証明できないでしょう。しかし、知識を広げ、未来を考える知性を持つ文明は、結果的に似てくるのです」
三島が結んだ。
「今日一日を見て気づいたことがあります。我々は議論の進め方、異なる立場への敬意、理解を深める会話の作法で“似ている”。もし頒布者がいたなら、きっと同じように集まり、同じように対話したはずです」
議長が総括する。
「形は違ってもよい。しかし知性の本質——理解し、対話し、未来を共有する力——そこにこそ“似る”が宿る。人類は誰の子かは分からない。だが今日ここで、似るとは何かを少しだけ掴んだはずです」
会場に長い拍手が響いた。窓の外の湖面に街灯が点り始め、議論は次回への約束と共に幕を閉じた




