第56章:血潮の代償と防衛線の決壊
沖縄本島上空。東の空が完全に明るくなる頃、ロナルド・レーガン空母打撃群からの第一波攻撃の不十分な成果に、米太平洋艦隊司令官スプルーアンス大将は苛立ちを募らせていた。ウェルズ艦長が、その横で静かに報告を続ける。
「全戦力を投入しろ。特にあの『いずも』と『むらさめ』を徹底的に叩け」スプルーアンス大将の声が、作戦室に響き渡った。
ロナルド・レーガン艦隊は、電子戦機EA-18Gグラウラーを集中投入した。グラウラーの強力なジャミングポッドから放たれる電磁波は、沖縄上空のあらゆる周波数帯を飲み込み、日本側の電子戦能力を圧倒的なパワーで無力化していく。
「いずも」のレーダーはノイズに埋もれ、座礁艦艇の通信も途切れがちになる。同時に、E-2Dアドバンストホークアイ早期警戒機が、その鋭い「目」でF-35Bの微弱なステルス信号を執拗に捕捉し始めた。
そして、F/A-18スーパーホーネットの第二波、第三波が、間断なく沖縄の空へと殺到する。対地ミサイル、対艦ミサイル、精密誘導爆弾が、日本軍陣地と座礁艦隊に容赦なく降り注いだ。特に、「いずも」と「むらさめ」には、複数の打撃群から集中攻撃が加えられ、炎と爆煙が空高く舞い上がる。
「いずも」の飛行甲板。早朝に発艦したF-35B数機が、米軍の圧倒的な数と技術の前に、まさに消耗品のように削られていく。
「艦長!F-35B、アルファ1、被弾!機体制御不能!」三条の声が、悲痛に響いた。彼女のコンソールで、F-35Bのアイコンが激しく点滅し、やがて消滅する。それが意味するのは、乗員の生存が絶望的であることだ。
その瞬間、モニターには、F-35Bから緊急脱出したパイロットのパラシュートが映し出された。しかし、パラシュートが風に舞う血しぶきの中で、すでにパイロットが息絶えていることは明白だった。
「…パイロット、応答なし!」三条の声が、絶望に変わる。彼女の目から涙が溢れ、コンソールにポタポタと落ちる。海自にとって、この時代での最初の犠牲者だった。
続く機も、次々と被撃墜。別のF-35Bが、F/A-18のミサイル直撃を受け、空中分解し、炎の塊となって海へと落下する。パイロットは緊急脱出レバーを引く間もなく、機体と共に爆散した。海面に広がる油膜と黒煙が、その悲劇を物語っていた。爆発の衝撃で、機体の破片がパラパラと艦橋の窓に打ち付けられる。
「いずも」の格納庫を改装した「戦闘出撃セル」では、整備員が血眼になって残るF-35Bの整備を急ぐが、予備部品の枯渇と時間的制約が重くのしかかる。整備士の一人が、折れた工具を投げ捨て、悔しさに顔を歪めた。「こんな…こんなはずじゃ…!」彼の顔には、焦りと絶望の色が濃く浮かんでいた。汗と油にまみれた彼らの手は、もう震えを止めることができなかった。