第34章 化石の囁き ― 耳小骨に残る揺らぎ
アフリカ大地溝帯、乾いた赤土の谷底で、人類学調査隊は長年追い求めていた発見を遂げた。発掘現場から姿を現したのは、明らかにヒト属に近い頭骨。しかし、従来のどの新人類とも一致しなかった。眼窩は深く、頭蓋骨の形状もやや異様で、保存状態が異様に良い。
特に注目を集めたのは、頭骨の内部に残された耳小骨だった。通常、数百万年の時間を経た化石から耳小骨が完全な形で残ることは稀である。しかし、この標本では槌骨・砧骨・鐙骨のすべてがほぼ無傷で残っていた。さらに驚くべきことに、その表面には結晶質の縞構造が走っていた。
電子顕微鏡で拡大すると、その結晶縞は単なる鉱化ではなく、周期性を持った配列であることがわかった。まるで音波の干渉縞がそのまま固化したような形跡。地質学者は「音響に関連する作用を受けた痕跡」と報告した。
研究所に持ち込まれたサンプルは、音響レーザー分光装置にかけられた。そこで得られたスペクトルは研究者たちを沈黙させた。規則的な山と谷が並び、その周期は驚くべきことに南極微生物の電荷クロック、相模トラフ複合化石の電磁鼓動、月母艦外殻の放熱パターンと一致していた。27秒――またしても同じ「拍」が刻まれていたのだ。
「これは偶然では説明できない。」
西川がレポートを閉じながら言った。
「この耳小骨は、生前に音響的な刺激を“蓄積”していた可能性がある。つまり、古代人類は環境の中で周期的な振動を受け、その痕跡が骨に刻まれた。」
発表会で、人類学者はさらに大胆な仮説を提示した。
「古代人は、この周期を文化的に取り込んでいたのではないか。太鼓や足踏みのリズムに、この“外来の拍”を無意識に写し取っていたのかもしれない。」
会場はざわめいた。学術的には飛躍にすぎる。しかし、結晶縞が単なる鉱化作用ではなく、音響共鳴を示すとするならば、それは「環境緩衝装置」が発する周期的な波動と無関係ではない可能性が高かった。
「もしそうなら、彼らは既に“装置の影響下”にあったことになる。」
蒼井が低く付け加えた。
耳小骨の結晶化は、単なる物理現象の記録以上の意味を持っていた。それは、生命の種子が撒かれた後に用意された仕組み――環境緩衝装置が周囲に放つ電磁波や振動が、生命の感覚器官そのものに痕跡を刻み込んだ可能性を示していた。
実験室では、骨の結晶縞に微弱な音響を当てる試みも行われた。すると、骨全体がわずかに共鳴し、人工的な音波を「応答」するかのようなピークが観測された。科学者たちは冷や汗をかきながらデータを眺めた。数百万年を経た化石が、なお外部刺激に「応える」ことなど、常識ではありえない。
記者会見で、質問が飛んだ。
「これは“人間の先祖”ですか、それとも“外来の実験体”ですか?」
主導研究者は答えを避けた。
「確かなことは一つ。この骨は、人類史と地球史のどちらにも収まらない、第三の文脈を持っているということです。」
南極の氷の下で微生物がリズムを刻み、東京の地下には複合化石と金属体が眠り、そしてアフリカの大地からは「音を宿した骨」が出土した。どの断片も独立しているはずなのに、すべてが同じ周期で繋がっている。
それは偶然の重なりではなかった。
むしろ、銀河に撒かれた種子と、その支援機構の影が、人類史の深層に静かに浸透していた証だった。
研究者たちの間で合言葉のように交わされる言葉がある。
――「聞こえているかもしれない。」
誰が、何を、どこから発しているのか。答えはまだ遠かった。だが耳小骨は確かに「揺らぎ」を保持し、未来の解析者に対して、数百万年の沈黙を超えた囁きを投げかけていた。




