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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン9

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第13章 核の目覚め ― 最初の代謝



 海底の泥に沈んだカプセルの残骸は、時間とともに表層を剥ぎ落とされ、内部の鉱物格子が水に触れていた。そこでは、放射性元素が微弱な粒子を放出し続けていた。アルファ線が水分子を叩き、電子が弾き飛ばされる。その電子は偶然ではなく、格子状の酸化チタンと鉄の鉱物に導かれ、一定方向に流れる経路を形成していた。


 この流れは、ただの物理現象では終わらなかった。格子表面に付着した有機前駆体が電子を受け取るたび、分子は新しい構造へと組み替えられる。単純な炭素鎖が、より複雑な環状分子へと変わり、反応の一部がループを描き始めた。電子勾配が途切れぬ限り、ループは回転を続ける。ここに「代謝」と呼びうる最初の連鎖が生まれた。


 膜のない分子群は外界に晒されればすぐ壊れる。しかし一部は鉱物格子の凹凸に守られ、周囲のイオンと結びついて薄膜状の境界を作り出した。その境界は偶然の産物にすぎなかったが、内部を外界から隔てることで反応効率を高めた。水と鉱物と放射線が与えた、単純だが強靭な「反応室」である。


 やがて、複数の反応室が近接して並ぶようになった。互いの代謝産物を利用し合うことで、効率はさらに向上する。最初は崩れやすい集合体に過ぎなかったが、崩れた断片も新しい反応室の核となり、繰り返し複製される。これは生命の「自律分裂」に似ていた。


 分裂は正確ではなかった。鉱物格子に含まれる放射性元素の偏在や、水温の変動が構造に微細な違いを生んだ。しかしその違いこそが、より安定した代謝ループを持つ構造を選び出していった。数万年のスパンで見れば、格子の上に並ぶ反応室は、より強靭で効率的な「原始細胞」の形に収束していった。


 重要なのは、これらの構造がATP様のエネルギー分子を必要としなかった点だ。電子の流れそのものを利用して代謝を駆動できるため、エネルギー収支は常に正だった。外界の酸化還元環境に依存せず、核そのものがエネルギー供給源となる。放射線は命を奪う毒でもあったが、この場合は命を繋ぐ糧となっていた。


 海底は常に変動していた。火山性の噴出が温泉のように鉱物を供給し、冷却すれば凍結に近い低温が訪れる。そのたびに大半の反応室は失われたが、核を持つ群体だけが生き残った。電子勾配が律動を刻み、外界の混沌の中で唯一の安定を与えていたからだ。


 次第に、原始細胞に近い構造体が形成された。外殻は脂質に似た膜状物質で覆われ、内部には鉱物由来の微細な核が収められていた。核は依然として放射線を放ち、電子の流れを生み続ける。こうして、初めて「内に核を抱えた生き物」と呼べるものが出現した。


 この段階で、進化は単なる化学反応から一歩踏み出した。外界の不安定に抗い、内部に自らの安定を築く――その能力を得たからである。


 惑星の夜明け前の海で、無数の原始細胞が光もない暗闇の中、静かに分裂を繰り返していた。外界は混沌としていたが、内部には確かな秩序が芽生えていた。電子の流れが刻むリズムは、惑星全体に広がる未来の生命史の最初の拍動だった

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