第7章 二つの星のやり取り
太陽系の初期、惑星たちは互いに孤立していたわけではない。巨大隕石の衝突は頻発し、そのたびに膨大な破片が宇宙へと飛び散った。地球であれ火星であれ、表層に生命の芽が生まれ始めた時期、その破片の一部は必然的に互いの軌道を横切り、長い時間をかけて行き来した。
火星は質量が小さいため、表層に隕石が衝突すると比較的容易に岩石が宇宙へ飛び出した。秒速数キロの衝撃は、大気と重力圏を突破するエネルギーを与え、数十キロの岩塊が地球の軌道へ放り出された。内部の温度上昇は局所的に抑えられ、微細なポア(空隙)に閉じ込められた分子やプロトセル様構造は、破壊されずに残る可能性があった。今日、地球で発見される「火星隕石」がその証拠である。
地球側もまた同様だった。より大きな質量を持つがゆえに頻度は低いが、やはり巨大衝突が起これば破片は宇宙へ放出された。つまり、地球と火星は化学的断片を互いに交換し合う関係にあった。銀河の工房で仕込まれた種子は、どちらか一方にのみ宿ったのではなく、往復の中で混じり合った。
火星の海で形成されたプロトセルの一部が乾燥にさらされ、岩塊に閉じ込められたまま地球に降り注いだ可能性は十分にある。逆に、地球の豊かな海で進んだ分子連鎖が、隕石の破片として火星に運ばれたかもしれない。こうして二つの星は「試行の結果」を共有し、進化の速度を高めた。
現代科学はこの可能性を数字で裏付けている。衝突で弾き飛ばされた火星岩が地球に到達するまでの時間は、およそ数百万年。分子や微生物がその間に宇宙線や真空に耐え得るかどうかは議論があるが、実験室では一部の細胞や胞子が数年間、模擬宇宙環境で生き延びることが確認されている。完全に生きたまま届かずとも、断片化した分子が触媒的に働き、新たな化学進化を促す可能性は否定できない。
神の視点で見れば、このやり取りに特別な意志は存在しない。ただの衝突と散逸の結果である。しかしその結果が、二つの星を孤立した実験室から「連結した系」へと変えた。火星で失われかけた可能性が、地球に受け継がれ、あるいはその逆に、地球での偶然が火星に播かれる。こうして生命の起源は、単一の星の物語ではなく、太陽系全体にまたがる往還史として刻まれることになった。
数十億年後、人類が火星の地表に降り立ち、古代の堆積物を掘り返したとき、地球と火星に共通する分子配列や鉱物痕跡を見いだすことになるだろう。そのとき彼らは知る。自分たちの祖先は、一つの星に閉じ込められた存在ではなく、かつて二つの星を渡り歩いた連鎖の産物であったことを。
この往還がなければ、地球の進化は遅れたかもしれない。火星の芽が早すぎに消え去ったとしても、その断片は確かに地球に届いていた。そして揺籃の海に新たな試みをもたらした。種子は、沈黙の航行を経て、今度は惑星間のやり取りを通じて、新たな段階へ進んだのだ




