第51章 深海の影:牙を剥く潜水艦
1945年6月。マリアナ諸島東方海域。漆黒の深海は、依然として静寂に包まれていた。そうりゅう型潜水艦「そうりゅう」は、深度100メートルを維持し、ほとんど音もなく敵艦隊の懐深くに潜伏していた。
「艦長、目標艦隊、距離7000。インディアナポリス、駆逐艦二隻、フリゲート一隻。針路、速度、変化なし。駆逐艦のソナー探信音、規則的です。警戒は厳重」石倉の声には、緊張が混じっていた。
「そうりゅう」の頭上、わずか100メートルの海面を、インディアナポリスとその護衛艦隊が航行している。
「伊58より『そうりゅう』へ。こちら攻撃準備完了。貴艦からの指示を待つ」。伊58艦長・橋本以行中佐の声が、中継された短波無線から響いた。
竹中艦長は、ゆっくりと目を開いた。彼の瞳には、深海の暗闇を貫くような、鋭い光が宿っていた。
「石倉、最終目標距離と方位を伝達。深町、伊58への最終攻撃指示を送信せよ。目標は重巡インディアナポリスのみ。駆逐艦及びフリゲートは無視。全魚雷をインディアナポリスに集中させる。佐久間、機関、最大静粛を維持。我々の存在を、攻撃完了まで悟らせるな」。
「了解!」石倉の声が響く。「目標インディアナポリス、距離6500、方位3-5-5!微速前進中!」
深町が、冷静な声で伊58への最終攻撃指示を送信した。「伊58へ。目標インディアナポリス、距離6500、方位3-5-5。発射管、斉射用意。貴艦の『牙』、解き放て」。
伊58の司令室。橋本中佐は、深く頷いた。
「よし。全魚雷発射管、発射準備!一番から六番、全て斉射用意!」。装填された九五式酸素魚雷が、発射管の中で、その出番を待ち構えている。
「発射管、注水完了!発射可能!」
橋本中佐は、潜望鏡を上げ、闇夜の海面を切り裂くインディアナポリスの影を捉えた。
「目標、インディアナポリス。斉射、撃てッ!」
重厚な圧搾空気の音が、艦内に響き渡る。
ズドン!ズドン!ズドン!
伊58の艦首から、九五式酸素魚雷が次々と発射された。
「そうりゅう」のソナーには、伊58から発射された魚雷の微細なスクリュー音が捉えられた。
静寂の中、伊58から放たれた魚雷は、白い航跡を残すことなく、魚雷は深海を一直線にインディアナポリスへと突き進む。