第50章 アニメ風
1945年6月下旬 マリアナ東方沖
太陽の光が届かない、深海。
漆黒の静寂を、ただ水圧だけが支配していた。
その闇の中を、「そうりゅう」は滑るように進む。
AIPによる極限の静音潜航。
水の壁に溶け込むように、音ひとつ漏らさない。
「水測長、目標の音紋は?」
竹中艦長の声は低い。
「複数捕捉。スクリューの高速回転。駆逐艦のアクティブソナーも断続的に確認」
石倉の声は落ち着いていたが、その響きには確かさがあった。
画面には、特徴的な音紋。
大型艦。そして、その周囲を囲む小型艦艇。
「駆逐艦の数と種類を特定せよ」
「解析中……駆逐艦二、フリゲート一。いずれも高速巡航中。そして――」
石倉の声が僅かに揺れた。
「来ました。大型艦の音紋。重巡……インディアナポリスです!」
艦内に、静かな緊張が走る。
「深度100を維持。敵駆逐艦の探知圏外から接近する」
竹中の指示は鋼のように揺るぎなかった。
「静粛潜航を徹底せよ。機関、微速前進」
「そうりゅう」は音もなく獲物へと忍び寄る。
その先に、史実を変えるべき目標がいた。
一方――。
伊号第五十八潜水艦(I-58)も、静かに海を進んでいた。
橋本以行中佐が指揮を執る。
優れた静音性能と九五式酸素魚雷。だが、当時のソナーでは遠距離の複数音紋を正確に捉えるのは困難だった。
その時、通信が入る。
「伊58へ。こちら『そうりゅう』」
竹中の声が艦内スピーカーに響く。
「目標艦隊、前方30度、距離20海里。重巡インディアナポリス、駆逐艦二、フリゲート一。ソナーはX帯。扇形探知。右舷前方が手薄。針路維持、本艦の後方を追尾せよ。魚雷発射準備」
橋本は無言で頷いた。
緊張と興奮が、艦内に伝播していく。
「伊58、音紋を微弱ながら確認」
ソナー員の声が響いた。
「司令、本艦、発射準備可能!」
橋本の目が光る。
「よし。全魚雷発射管、発射準備。目標――インディアナポリス」
獲物は、まだ自らが包囲されていることに気づいていなかった。