第44章 「未来の核」の限界:ウェルズ艦長への問い
1945年5月、USSドナルド・レーガン(CVN-76)の作戦室。ウェルズ艦長による沖縄第三次攻撃のブリーフィングが終わり、スプルーアンス大将とその参謀たちの間には、未来の技術への驚嘆と、しかし、ある種の疑問が渦巻いていた。彼らは、目の前にある「ドナルド・レーガン」という圧倒的な存在が、さらに別の可能性を秘めているのではないかと直感していた。
スプルーアンス大将が、静かに、しかし鋭い眼差しでウェルズ艦長を見据えた。「ウェルズ艦長。貴艦は原子力推進であると。その『原子力』とは、我々が知る『原子爆弾』と同じ原理に基づいているのか?」彼は、すでにワシントンからの原爆増産命令を受けていた。
ウェルズ艦長は、この質問が来ることを予測していたかのように、冷静に答えた。「大将、我々の艦を推進する原子力は、核分裂反応を利用するという点では原子爆弾と同じ原理です。しかし、その技術と目的は大きく異なります」。
主任参謀の一人が、前のめりになって問い詰めた。「では、貴艦の原子炉から、あの『原子爆弾』は製造できないのか?我々は、テニアン島に運ばれる原爆に加えて、さらにもう2発の製造を命じられた。貴艦の技術があれば、さらなる増産、あるいは現地での製造が可能なのでは?」。
ウェルズは、首をゆっくりと横に振った。「それは不可能です」。彼の声は明確だった。
「なぜだ!?」「貴艦は、我々の時代をはるかに凌駕する技術を持っていると理解している。核分裂の原理を知る者がここにいるのなら、我々の技術者と連携すれば、不可能ではないはずだ」。
ウェルズは、モニターに原子力空母の原子炉構造の簡略図と、核爆弾の構造図を並べて表示させた。
「大将、原子力潜水艦や空母の原子炉は、核分裂反応を『制御』し、熱エネルギーとして取り出すために設計されています。使用されるウランも、兵器級の高濃縮ウランではなく、通常は低濃縮ウラン、あるいは高濃縮でも原子炉燃料に最適化されたものです。これを兵器転用するには、まずウラン235の濃縮度が圧倒的に足りません。仮に高濃縮ウランを使ったとしても、それは『兵器級』とは異なるのです」。
彼は言葉を続けた。「原子爆弾は、核分裂反応を『瞬時に制御不能な暴走』させることで、莫大なエネルギーを解放します。そのためには、極めて高純度に濃縮されたウラン235、あるいは高純度なプルトニウム239が必要です。これらを臨界質量を超えないように精密に分離・管理し、特定の形状に加工し、さらに爆縮型の場合は、球状に均等に圧縮するための複雑な爆薬レンズと起爆機構が不可欠です。
これら全ては、原子炉とは全く異なる専門技術であり、製造工場も、精製プロセスも、加工設備も、爆発試験場も、全く別の施設と莫大なインフラを必要とします」。
主任参謀の一人が、理解に苦しむ顔で尋ねた。「では、貴艦の原子炉技術者から、その『原子爆弾製造の技術』を手に入れることはできないのか?彼らがその知識を教えれば…」。
ウェルズは再び首を振った。「私の艦の原子炉技術者たちは、原子炉の設計、運用、そして安全管理のプロフェッショナルです。彼らは核分裂の物理的原理は理解していますが、核兵器の設計、高濃縮ウランや高純度プルトニウムの製造プロセス、そしてそれを兵器として起爆させるための爆縮レンズや信管の設計といった、マンハッタン計画の専門家が持つ特化した知識は持っていません。それは、自動車の運転手がエンジンの設計図を描けないのと同様です」。
「つまり、貴艦の原子炉は、莫大なエネルギーを生み出す『動力源』ではあっても、それを瞬時に『破壊兵器』に転用するものではないと。そして、貴艦の乗員は、核兵器製造の専門家ではない、ということか」スプルーアンス大将は、現実を受け止めるように言った。
ウェルズは静かに頷いた。「その通りです、大将。我々の使命は、この空母とその艦載機、そして現代の兵器を駆使し、貴官方がこの戦争を早期に終わらせる手助けをすることです。核兵器の製造は、我々の能力範囲外であり、また我々の任務ではありません」。