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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
101/2339

第43章 希望への航跡:沖縄、別れの潮


1945年5月、沖縄。東の水平線が、まだ淡い群青のグラデーションに染まり始める頃、冷たい海風が肌を撫でた。それは、新たな一日が始まる合図であり、同時に、いくつかの物語が終わり、新たな物語が始まる別れの風でもあった。


地下壕の入り口近くでは、ひめゆり学徒隊の少女たちが、海自の隊員たちと最後の別れを交わしていた。

「どうか、ご無事で……」一人の少女が、涙をこらえながら、山名三尉に深々と頭を下げた。その細い肩が震えている。


山名は、普段は感情を表に出さない男であったが、この瞬間ばかりは、その瞳に熱いものが込み上げてくるのを禁じ得なかった。彼は言葉を選び、しかし強い意志を込めて言った。「君たちも、必ず生き抜いてくれ。我々が、未来を護るから」。彼は、彼女たちの小さな手に、固く、そしてゆっくりと握手をした。


北部のビーチに、その巨体を横たえる護衛艦「いずも」は、もはや航行する艦艇の面影を失い、岩礁と砂に深く食い込んだ姿は、まさに海に鎮座する要塞そのものだった。艦橋の窓ガラスは潮風で曇り、その向こうには、遠ざかる戦艦大和とイージス艦「まや」のシルエットが、黎明の光の中に浮かび上がっていた。


「いずも」艦橋に立つ渡会艦長は、微動だにしなかった。隣に立つ情報幕僚の山名三尉は、静かに、しかし深く敬礼していた。朝焼けに染まり始めた彼の横顔には、微かな光の影が落ちていた。


電子戦士官の三条は、潤んだ瞳でその光景を食い入るように見つめていた。唇を噛みしめ、漏れそうになる嗚咽を必死に堪えている。


「司令、大和、まや、ともに最終離脱コースへ移行しました」三条の声は、微かに震えていた。通信回線には、ザザ、というノイズの向こうから、大和から送られてくる最後の無電が、短く、しかし力強く響いてくる。「『我々は行く。未来を頼む』…以上です」。


片倉大佐の朝焼けに照らされた彼の横顔には、海自のトップとしてだけではなく、人間としての苦悩が同時に見て取れた。「彼らの任務は、日本の命運を背負う。成功を信じるしかない。我々は、この時代の日本と運命を共にし、未来を護るために、この沖縄で最後の壁となる」。


一方、大和と「まや」の艦橋では、出港の喧騒が一段落し、ひっそりと静まり返っていた。艦長は、副長と共に、いづもの指令に深々と頭を下げた。言葉はなくとも、その動作一つ一つに、戦友としての深い信頼と、未来を託す感謝が込められていた。


大和の広大な甲板では、舷側に立つ兵たちが、もはや煙と土埃に覆われた沖縄の陸地に向かって、無言で敬礼を送っていた。彼らは、この島で、未来の兵器と情報に導かれ、初めて「勝利」の歓喜を味わった。そしてその体験は、彼らの血肉に染み込み「無駄死にではない」という希望を確かに刻みつけた。


座礁した駆逐艦「雪風」の甲板では、残った乗員たちが、大和の姿が水平線に消えゆくまで、ただ見送っていた。彼らもまた、沖縄防衛の臨時砲台として、この地で最後の戦いに臨む覚悟を決めていた。潮風が彼らの頬を撫で、故郷への帰還を託す友への、複雑な思いがその顔に浮かんでいた。


沖縄本島、シュガーローフを見下ろす丘の上の陣地では、牛島満大将が、長参謀長と共に、海自の残存艦艇と大和・まやの離脱を静かに見届けていた。



護衛艦「むらさめ」の艦橋では、残された乗員たちが、故郷へ向かう「まや」の姿が水平線に消えるまで、ただ見送っていた。彼らの艦もまた、沖縄沖での激しい交戦で艦尾近くに被弾し、火災が発生していたものの、冷静に応急対応を行い被害を収束させていた。


彼らもまた、座礁した「いずも」と共に、陸上からの対空防御の拠点となっていた。甲板には、油と硝煙の匂いがまだわずかに残っていた。


そしてイ53との会合のため先に出港した「そうりゅう」からも、別れの無電通信が届いた。


大和と「まや」は、米軍の「三重の包囲網」を突破し、早期停戦という希望を乗せて北の海へと進んだ。その航跡は、夜明けの海に長く、しかし確実に刻まれていく。


一方、残された「いずも」と「むらさめ」、そして牛島守備隊と民間人協力者、。陸上に残った乗員は、未来を護るための壮絶な防衛戦に挑むことになる。沖縄の海は、静かに、しかし確実に、新たな歴史のうねりを刻み始めていた。


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