第169章 鼓動と声明
——深海6000メートル、相模トラフ。
無人潜水艇〈シーハウンド〉のアームが、金属質のハッチを軽く叩いた。
次の瞬間、暗黒の水圧世界が閃光に包まれる。
赤い点滅は暴れる鼓動のように速くなり、モニターに規則的なコード列が怒涛のように流れ込んできた。
「信号、増大! これは……南海、東海、相模の連動波形!」
通信士が叫ぶ。
「最後のフレームに……東京湾直下が指定されている!」
管制室にざわめきが走る。
赤い光はまるで「未来の震源」を示すビーコンだった。
——同時刻、北京。
人民大会堂に隣接する迎賓館。
北朝鮮国家主席は深紅の椅子に腰かけ、カメラの赤ランプを見据えていた。
その背後に中国警護部隊が沈黙のまま立ち並ぶ。
「世界の諸君、聞け」
掠れた声が国際回線を通じ、同時通訳を介して世界へと拡散した。
「第一の矢は東京を焼いた。第二の矢は多弾頭で防空を削った。
そして……第三の矢がある」
主席は口元に薄笑いを浮かべた。
「それはすでに東京都の地下にある。五十キロトンの水爆。遠隔起爆可能だ」
——再び深海。
潜水艇のカメラがハッチ中央を映す。
赤い光は点滅を越え、脈打つように全体が呼吸していた。
人工物の外殻が低く震え、まるで「目覚め」を告げているようだった。
「これは……人類に警告を発している」
教授が呟いた。
「地震を制御する装置が限界に達し、“最後の発生地点”を確定したんだ」
モニターには「TOKYO BAY」の文字が英語コードで浮かび上がった。
誰もが息をのんだ。
——同時刻、北京の演説。
「東京の命運は、我が指先一つにかかっている」
主席は起爆スイッチを模した装置を握り、カメラに突き付けた。
「これは単なる兵器ではない。地下に埋め込まれたそれは、都市を物理的に破壊し、放射能を吹き上げ、永遠に住めぬ死都と化す」
各国首脳、国連安保理、そして東京の避難所にいる民衆までもが、その言葉をリアルタイムで聞いていた。
泣き叫ぶ声が避難所のラジオから漏れた。
——深海。
潜水艇のアームが再びハッチを叩く。
すると今度は、光が一定のリズムを刻み始めた。
まるで「問答」に応じているかのように。
「通信ではない。これは“選択”を迫っているんだ」
米国側の分析官が声を上げた。
「開けば、地震を制御できるかもしれない。だが同時に何かを解き放つ可能性もある」
赤い光が次々と「TOKYO」「TRIGGER」「ALERT」と浮かび上がる。
——北京。
主席はカメラに身を乗り出した。
「避難を試みるがよい。だが必ず“最後の閃光”は訪れる。
それが朝鮮民族が残す歴史の爪痕だ」
そう言うと、彼は一瞬だけスイッチを押す仕草をした。
映像は唐突に途切れ、世界中に緊急アラートが鳴り響いた。
——同時刻、横須賀・《大和》艦内。
モニターに赤い光が脈打ち続けている。
教授が硬い声で告げた。
「……これで決まった。ブラックボックスも、亡命主席の声明も、指し示すのは同じ一点だ。
東京は、もう放棄するしかない」
管制室に沈黙が落ちた。
赤い光はなおも深海で明滅を続けている。
それは海の底から突き上げる、未来そのものの鼓動のようだった。
 




