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荷馬車に近いボロ車から、御者の手を借りて降りる。
門番が慌てて取り継ぐと、執事らしきロマンスグレーの男が館から出てきた。
私をエスコートした御者は、たった2つしかないトランクを投げ捨てるように、地面に置いて逃げ去った。
まあ、それは想定範囲。
「ユーリア・アメジスト伯爵令嬢で、お間違いないしょうか?
私は当家の執事セバスチャンでございます」
覚えやすい名前で良かった。
良かったけど、1ミリも歓迎されてない! 目が笑ってない。出迎えが1人&丁寧なのは口調だけ。
「ええ、私がユーリアです。
よろしくセバスチャン」
「では、お住まいの方に案内します。
馬車に、お乗りください」
馬車? 目の前に城が見えてるけど?
実家のボロ馬車よりマシな乗り心地で揺られること3分。
森の入口? に来た。
目の前には、狩人が休憩に使うような掘っ建て小屋。
セバスチャンは、私の2つしかない荷物を持つと当然かのように、その小屋の中へ運んだ。
「1ヵ月分の食料と、生活に必要なものはあります。
井戸も古いですが使えます。
1ヵ月後に食料の補充があります。
母屋には来ないでください。
他の使用人たちも、招かざる客に気分を害するでしょう。
敷地の外には出られません。門番に言いつけてありますので」
と、頭を下げて馬車に乗り込もうとする。
「王命の意味わかってるの?
私は陛下の命で、ここに来たのよ」
「命令は旦那様とアメジスト伯爵令嬢の婚姻であって、その後の生活を保証ではありません」
「屁理屈じゃない」
「ならば、本城で使用人たちから嫌がらせされる毎日を送りますか?
我が主人は、元々王女殿下の護衛であり恋人だったのに、それを陛下によって引き裂かれ辺境へ追いやられたのです。
この家の女主人の座も旦那様の心も王女殿下のものであり、あなたが愛されることはありません」
「だから?」
「は?」
「愛されるために来たわけじゃないわ。
王侯貴族の婚姻なんだから当たり前でしょう。
『使用人が気分を害する』?
そんなバカ、クビにするに決まってるじゃない。
足りない人員は王宮に派遣要請するわ。
私を、ここへやったのは陛下なのだから責任とってもらわないと。
早速あなたはクビよ、さよならセバスチャン」
「っ……そんなこと旦那様が御許しになるはずない!
あなたは何の権限もない、お飾りの妻なんだ!
調子に乗るな!」
「口で言ってわからないなら折檻ね」
と、スカートの中から鞭を出し、セバスチャンに向けて放った。
「ああっ」
いきなり鞭が来ると思っていなかったセバスチャンは逃げ遅れ1発喰らったが、すぐ馬車の中へ逃げて内鍵をかけた。
私が外からドアを蹴ると歪んだので(靴の裏に鉄板を仕込んでる)体当たりしようとすると、馬車は私を振り切って逃げ去った。
先に御者を動けなくすべきだった。
鞭は、友人のリリーから「何事も容赦するな」というメッセージと共に結婚祝いとして貰った。
辺境伯城に到着して5分で役に立った。
私は、とりあえず小屋に入った。
ベッドと鍋と食器。それに小麦と干し肉。広さは4平米。
うん……? 囚人の方がマシな生活してるかな?
戦をするにも、まず移動の疲れを癒さないといけない。
私は防犯道具をセットして眠りについた。
──カランカランカラン
音と気配で目が覚めた。
寝たふりをする。
真っ暗でよく見えないが、足音と呼吸が近づいてくる。
間近に襲いかかって来たソレの首に、私は毒針を刺した。
侵入者は数秒、踠いてすぐ倒れた。
猛毒だが、針先に着いてる量で即死はしない。助かりもしないけど。
灯りをつけると、門番らしき格好をした男だ。
大方あの執事に、何か吹き込まれたんだろう。想定内。
辺境は野蛮なので、きちんと事前準備しておいて良かった。
私は男を後ろ手に縛って床に転がした。
明るくなってから、近くを散策した。
城壁に隠し扉を発見したので出てみる。
恐らく、このまま森の奥へ行けば隣国か城下町に逃げられるだろうが、その前に獣に殺されるだろう。
しかし、薬草や珍しい花がありそうだ。
山菜をとりながら行ける範囲で探索する……と、男が落ちている。
汚れているが、身なりは悪くない。黒づくめで怪しいけど。
拾った棒でツンツンすると、呻いたので生きてもいる。
ボロボロの服を脱がすと、あちこち怪我していた。
介抱しようにも、私1人では運べない……立派な毛並みの大馬が近づいてきた。
「この人、飼い主?」
「ヒヒーン」
「ふう」
私は額の汗を拭った。
なかなか話のわかる馬に手伝って貰いながら男を介抱し、昨夜から床に転がしていたゴミも外に出した。
馬に乗って母屋に行き、使用人に医者を呼ぶよう言ったが無視するので、必要な薬やリネンなどを勝手に持って戻った。
「君は……?」
夕飯の匂いにつられたのか、拾った男が目を覚ました。
「ユーリア。あなたは?」
「……ダリ」
介抱してる時から美しいと思ってたけど、目を開くと尚更美男だった。
紫がかった黒髪に紅い目。男らしい面長の輪郭に凛々しい眉、高い鼻。
20代半ばだろうか。落ち着いて見える。
「そう。相棒は?」
「え?」
「ヒヒーン」
大馬が窓から顔を覗かす。
「ああ、ゼブラ! 良かった」
全身、黒いけどね?
「……いいネーミング・センスね。
食事できる? たいしたものないけど」
私は貴族令嬢だが、実家が貧乏で家事をしていたので最低限のことはできる。
つまり侍女を付けず1人で嫁いできたのは、侍女を雇う金がないから。
2週間程してダリは、万全でないものの動けるようになった。
「森で剣を探してくる」
拾った時には帯刀してなかったが、落としたらしい。
山菜や薬草を摘みに隠し扉の外に出ているが、見かけたことない。
「え? もう少し良くなってからにしたら?」
「そういう訳にもいかないんだ。
この城の敷地、治安悪いし」
「そう。気をつけてね」
彼が出掛けて少しすると、来客があった。
私は3m鞭を構える。
(鞭は4種類ある)
「う、う、う、打たないでください。
違います! 伝言です!」
最初にここへ来た時、執事と逃亡した御者だった。
「『10日後に両親が来るので、用意しておくように』」
「は?」
「伝えましたんで!」
私は逃げ行く御者の背に怒鳴る。
「待ちなさい! どこに誰の親が何しに来るって?」
「旦那様のご両親です! 挨拶に!」
「はんっ。ふざけやがって」
「も、これで失礼しますっ!」
ピゅ~っと効果音と共に、御者は消えていった。
10日後。
「おい! いつまで待たせる気だ?! こんな所で何を……」
ノックも無しにいきなり入って来た男は、団欒中の私達を見て固まった。
ライトブラウンの癖毛と焦げ茶の目。24歳のはずなのに童顔で10代に見える。
鍛えてるようだけど、身長は170の私と同じくらい。ちなみに男性の平均身長は175、女性は165。
この人がクレセント・オブシディアン辺境伯でしょうね。戸籍上の夫の。
「小屋に籠って親に挨拶もしないと思ったら、男を引き入れるなんて、この売女が!!
出ていけ! 2度と顔を見せるな!
摘まみ出せっ!」
夫(仮)の後ろに付いてきていた屈強な辺境騎士達が、私達を小屋から力ずくで引きずり出し門外へ捨てた。
荷物を返せと叫んだが、門は堅く閉ざされ梨の礫。