第1章 第9話「黒い瘴気」
第1章『異世界への起動』
第9話「黒い瘴気」
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「ゴブリンを倒してくれ」――それが今回のクエストの内容だった。
場所は村のすぐ裏手にある、ちょっとした森。
フィアいわく、最近になって急にゴブリンが出るようになったらしい。
「じゃあ、出発しようか」
「おうっ!」
カイはやる気満々。
こっちはちょっとビビってるけど、内緒だ。
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森の中は、昼でも薄暗くてちょっと不気味。
木々の間から光が差してるけど、あんまり安心感はない。
「ケン、気をつけろよ。ゴブリンは見た目より素早いぞ」
「お、おう……」
完全にカイの方がベテラン感出してるのがツラい。
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30分くらい森を進んだところで、異変が起きた。
「……おい、あれ……」
カイが茂みの奥を指差す。
そこには、何かの魔物の死骸があった。
ボロボロに焼け焦げて、形もよくわからない。
けど、明らかにただのゴブリンじゃない。
「これ……誰が倒したんだ?」
「っていうか、ゴブリンって……こんな風に焼けるか?」
死骸の周囲には、黒いシミが点々と残っていた。
地面から立ちのぼる、薄い“黒いもや”。それは、風もないのにゆらゆら揺れてる。
――明らかに、ただ事じゃない。
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「……ケン、戻った方がいい。これ、普通じゃねぇ」
「でも、クエストは……」
「バカ! クエストより命が大事だろ!」
そう言いながらも、カイの顔も真っ青だった。
あの“黒いもや”から目を離せないまま、俺たちはそっと森を引き返した。
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村に戻ってすぐ、俺たちはフィアに報告した。
「……黒い瘴気、ですって?」
フィアの表情が、一瞬で険しくなる。
「それは“魔の兆し”……普通の魔物とは違う、闇の存在。最近、この大陸で少しずつ観測されてるの」
「じゃあ、その正体って……」
「まだわからない。でも、それに関わったら――」
フィアは一拍置いて、言った。
「――死ぬわよ」
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初めて見た、“死”の気配。
スライムやゴブリンとは、まるで違う“本物”の敵。
この世界、やっぱりゲームなんかじゃない。
命があって、死があって、知らない“闇”が広がっている。
「……俺、帰れないんだな、やっぱり」
誰にも聞こえないように、そう呟いた。