第3章 第11話「牙を研ぐ者たち」
第3章『街と騎士団』
第11話「牙を研ぐ者たち」
――夜が明けた。
けれど、昨晩の出来事が夢だったとは思えない。
床には乾いた血の跡。壁には斬撃の痕がわずかに残っている。
「黒街〈くろがい〉……ね」
朝の光を浴びながら、俺は呟いた。
カイはベッドに腰かけ、腕を組んだまま難しい顔。
「要するに、“目立ちすぎた”ってことか。どっかの勢力のシマを踏んじまったんだな、俺たち」
「……もう戻れない」
レイがぽつりと、短く言う。
彼女の瞳はいつも通り冷静だけど、その奥にわずかに、警戒の色が見えた。
「ま、狙われるのは覚悟のうえだったけどな。問題は――次の一手だ」
* * *
その日の午後。
俺たちは騎士団の詰所を訪れていた。対応してくれたのは、例によってクルトだ。
「……襲撃だと!? しかも黒街の刺客に!?」
「静かに。今はまだ騒ぎを起こしたくないんだ」
俺の言葉に、クルトは顔をしかめながらも頷く。
「ったく……街に入って数日で裏の連中に目をつけられるとか、お前らどんだけ目立ってんだよ……。あいつらは、“動かない権力”だ。街の奥に巣食ってて、表向きは善人、裏では人殺し」
「何か、情報を持ってないか?」
「一応、“非公式に”動いてる情報屋はいる。ただし、気をつけろよ。ここから先は、騎士団も関与できない領域だ」
クルトが小さな紙切れを渡してきた。そこには、ある裏通りの店の名前が書かれていた。
「“猫のひげ亭”……?」
「情報屋ってのは、見た目じゃ判断つかねぇ。用心して行けよ」
* * *
夕方前、“猫のひげ亭”に足を踏み入れると、薄暗い店内に、怪しげな空気が漂っていた。
奥の席に座っていたのは、細身で狐のような目をした女。やけに豪奢な服装に、片方の耳には羽飾り。
「いらっしゃい。あなたがた……ケンたち、ね?」
「なんで知って……」
「知ってるわよ。“門を開ける英雄候補”って、街中の裏表どっちにも噂が広まってるもの」
彼女の名は〈ナーヴァ〉。表の商人ギルドにも顔が利くらしい。
「黒街に狙われたってことは……あなたたち、“試されてる”のよ。力も、覚悟もね」
「試す……?」
「そう。あなたたちが本気で“街の核”に近づこうとするなら、裏の連中は黙ってない。でも、逆に言えば……今のうちに動けば、先手を取れる」
ナーヴァは1枚の地図を取り出した。
印がつけられたのは、郊外の廃工房。
「ここ。黒街の末端が使ってる隠れ家よ。派手な拠点じゃないけど、警告にはなるわ」
「つまり、叩けってことか?」
「正面からじゃない。まずは“牙”を抜くのよ。相手の動きを鈍らせれば、次に繋がる」
カイがにやりと笑う。
「いいね。やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……潰す。静かに、確実に」
レイも剣に手をかけて呟いた。
「……わかった。動くなら、早いほうがいいな」
俺たちは夜襲の準備を整えるため、一度宿に戻る。
――その途中。
「あら、なにやら楽しそうな話してるじゃない」
突然、前方の路地から声がして、ひらりと少女が降り立った。
銀髪の魔法少女――リラだった。
「リラ……!」
「えへへ、情報は聞いてたの。裏で狙われてるってね。心配になって、出てきちゃった」
彼女は笑いながら、俺たちの方へ駆け寄る。
「……手伝わせて?」
「お前、また勝手に出てきたのか……」
「クルトには“内緒”。でも、街の未来を守るって意味じゃ、私も一緒でしょ?」
そう言って微笑む彼女の手は、小さく震えていた。
それでも――戦う覚悟は、確かにその中にあった。
「……ああ。お前が一緒なら、心強い」
「……ふふっ。じゃ、今夜は“狩り”ね」
リラがにこりと笑った瞬間、レイがちらりと彼女を見つめ、静かに目を細める。
その視線は、警戒ではなく――仲間としての、確認。
――夜が、ふたたび落ちる。
俺たちは、牙を抜くための“先制攻撃”に向かう。




