第3章 第10話「深夜の襲撃」
第3章『街と騎士団』
第10話「深夜の襲撃」
――カツン、カツン、と小さな足音が響く。
セイントラの夜は静かだ。けれど、静かすぎる夜には、別の気配が紛れる。
その男は、路地裏から忍び込むと、俺たちが泊まっている宿の裏手の扉に指をかけた。
カチャリ。
施錠はされていない。ここは貧民向けの宿だ。鍵をかける文化自体がない。
「……じゃ、試してみるか。“英雄”ってやつの実力を」
男はニヤリと笑い、無音で中へと滑り込んだ。
* * *
「……ん?」
俺はふと、違和感で目を覚ました。
――気配がある。寝ているはずの空間に、もう一つの“呼吸”を感じる。
体が反射的に跳ね起きる。
同時に、暗がりの中で、光を反射する“刃”が飛んできた。
「っぶねぇ!!」
紙一重でかわし、俺は手探りで枕元の短剣を掴んだ。
「おいカイ、レイ、起きろ!! 敵だ!!」
「なっ……マジかよ!? ……っち、もう来たか!」
カイが跳ね起きて構える。だが――すでに侵入者はひとり、部屋の中央に立っていた。
黒衣の男。顔は布で隠されていて、表情は読めない。
「静かにしろ。今回は警告だ。ただの一撃で済ませるつもりだった」
「は? 何が警告だ。勝手に押し入ってきて、刺そうとしておいて……!」
俺が怒鳴ると、男は片手で制すような仕草をし、ボソリとつぶやく。
「……お前たちのような“浮いた英雄”は、消される。それがこの街のルールだ」
そう言って、男は刃を構え――もう一度、飛びかかってきた!
「来るぞ!!」
俺が構えた瞬間――
「……遅い」
低くて静かな声が、部屋の隅から響いた。
レイだった。
その手には、漆黒の剣。
まるで闇に溶けるような滑らかな動きで、彼女は刺客の攻撃を“見切り”、逆に切り返す。
シュッ――!
黒衣の男の腕から血が吹き出し、床に赤い線が走った。
「……チッ」
刺客は即座に距離を取るが――レイの剣先は、ぴたりと男の喉元に向けられていた。
「名前」
「……は?」
「名を、言え」
レイの瞳が、まるで氷のように鋭く光る。男はしばらく沈黙してから、かすれた声で答えた。
「“影牙”。黒街〈くろがい〉の一派だ。依頼主は――言えねぇ。言ったら俺が死ぬ」
「なら、倒すだけ」
レイが剣を振りかけた、そのとき。
「……待て! 逃がせとは言わん。ただ、殺す前に訊きたいことがある」
俺が止めると、レイはしぶしぶ剣を止めた。
「“黒街”ってのは……街の裏組織、か?」
「その通り。……あんたら、踏み込んじまったんだよ。“誰かの縄張り”に」
刺客の言葉に、背筋が冷える。
俺たちが討伐で評価されたことで、何かの勢力に“とって変わる”存在として認識された。だから、潰しに来た――。
「……伝えとけ。こっちは、引くつもりはない。必要なら、何度でも斬り返す」
俺がそう告げると、男は苦笑しながら頷いた。
「……気に入った。だが覚えとけ、“次”はもっとヤバいやつが来る。せいぜい、死ぬなよ」
そう言い残し、男はレイの剣をギリギリでかわして、闇に溶けるように逃げていった。
* * *
静けさを取り戻した部屋で、俺たちは肩で息をしていた。
「……なあ、ケン」
「ん?」
「これ、マジでヤベェやつに絡まれたんじゃねぇのか……?」
「……かもな。でも――」
俺は窓の外、まだ夜が深い街を見つめる。
「それでも進むしかない。“守る”って決めたからな。……避難民たちの未来も、この街の中にあるんだ」
カイは眉をひそめ、レイは無言で頷いた。
そして、夜が静かに、明けていく。




