第1章『異世界への起動』第1話「起動」
第1話「起動」
学校、つまんねー。
家、息苦しい。
バイト、面倒。
友達、いないわけじゃないけど、心から話せるやつもいない。
そんな俺の唯一の癒しは、ゲームだった。
――特にRPG。
勇者になって、魔王倒して、世界を救うとか、もう最高。現実と違って、努力がちゃんと報われる世界だしな。
「……今日リリースの新作、やってみっか」
そうつぶやいて、布団に潜り込みながら、スマホを手に取った。
タイトルは『オルデア・オンライン』。最近流行りの”限りなくリアルに近いRPG体験”が売りのゲームらしい。
DL完了。起動――ポチッ。
……ん?
画面が白く光ったと思ったら、スマホがぶっ壊れたみたいに真っ黒になった。
その瞬間、脳内に響く不思議な声。
『起動者、認証完了。転送を開始します』
「は? 転送って……」
言葉を発する間もなく、世界がぐるんと回った。
視界が歪み、音が遠のき、足元の感覚が消える。
まるで、落ちていくみたいに――
⸻
「……う……っ」
気がついたら、俺は草の上に倒れてた。
青空。風。土の匂い。
あれ、これ……リアルすぎじゃね?
「……夢? VR? いや、これ、やばいやつ……?」
立ち上がろうとして、ふと手元を見る。
そしたら、空中に文字が浮かび上がった。
※ステータスウィンドウ※
【名前】ケン
【レベル】1
【職業】なし
【スキル】なし
【称号】起動者
「な、なんだこれ……!?」
完全に、ゲームじゃん。でも感覚はリアル。体の重さ、風の冷たさ、心臓の鼓動――全部本物。
やべえ、これほんとに異世界転生しちまったパターンか?
⸻
ガサッ。
突然、茂みの奥で音がした。
「……!」
反射的に数歩あとずさる。そこから出てきたのは――
「な、スライム……!?」
黒い、ヌルヌルの玉。ゲル状のボディに赤い目がギョロリと光ってる。
ゲームだったらチュートリアルモンスター。だけど今の俺、レベル1でスキルも武器もなし。
「う、うそだろ……」
慌てて足元にあった木の枝を拾って構える。
けど、あいつ……やたらデカくね? 動きもなんか……妙に俊敏なんだけど。
気づけば、スライムは地面を這うように高速で近づいてきて――
「来るなって、まじで……うわっ!!」
ブンッと枝を振るうも、まるでゼリーを打ったみたいにぷよんと押し返される。
そして、赤い目がギラリと光った瞬間、スライムが高く跳ねた!
「うおおおおおっ!? ちょ、待って、俺ほんと初心者なんだって!!」
飛びかかってくるスライムを転げながらなんとかかわす。
「ムリムリムリムリッ!!」
叫びながら、俺は森の奥へと全力で走り出した。
背後からヌチャヌチャという嫌な音が追いかけてくる。
「……こええ……なにこの世界……!」
息を切らしながら、木の陰に飛び込んで身を伏せる。
スライムはしばらくあたりをうろついていたが、やがて、どこかへ消えていった。
俺はへたり込んだまま、動けなかった。
背中が冷たい。心臓の音がうるさい。手が震えてる。
スライム。あんなの、ゲームじゃ雑魚扱いだったのに――
「……これ、やべぇだろ……」
異世界。ゲームみたいな世界。
だけど、こんなにも怖くて、命の危険を感じる世界。
スライム一匹にビビって逃げる俺が、この世界で――
「……ほんとに、やってけるのかよ……」
草の匂いが強くなる中、俺はただ、小さくうずくまるしかなかった。