7話 交わる刃
月明りと村を燃やす赤い炎で、ガガは不気味に照らされている。
ガガは刀を天に振り上げた。鈍く光る銀色の刃で上空に弧を描く。
それを合図のように周囲から兵士たちが姿を現し、長い槍を構えてイチハとリツを取り囲んでいく。
八人の兵士たちが円を描くように配置につき、ゆっくりと二人への距離を詰めていく。それぞれの顔には表情がなく、まるで操られているかのようだった。
リツは小林の方へ向き直り、集中した表情で手を前へ突き出した。
小林の立つ周りの土が波打ち、まるで意思を持つかのように動き、かまくらのように半球状の土壁となって彼を完全に覆った。
「おい、土の防壁で小林様を護っているが完璧ではない。任せる」
リツは強い口調でイチハに命じた。彼女の黒い眼には揺るぎない決意が宿っていた。
イチハは山刀を鞘から抜き、周りの兵士たちに警戒の目を配りながら構える。彼の背筋には緊張が走るが、その表情は冷静そのものだった。
「突き殺せ!」
刀の切先をイチハに向けると、呼応した兵士たちが一斉に槍を振り下ろした。
しかし、激しい金属音がするだけでそこには誰もいない。
イチハはおよそ5メートルの高さまで跳躍し、下にいる彼らを鋭く睨みつけながら、地面に向かって急降下する。
着地と同時に前方の敵に向かって山刀を横に薙ぐ。
前方にいた兵士2人は鋭い斬撃を受け、悲鳴も上げられないまま後方に吹き飛び、動かなくなった。
残りの6人が襲いかかろうとしたその瞬間、「伏せろ!」という女性特有の鋭い声が響く。
イチハは即座に反応し、地面にあごを着けるほどの低姿勢になって構える。
真上を土の塊がいくつも飛び、兵士たち全員の頭部に正確に着弾する。土はリツの意志に従って加速し、ハンマーのような衝撃を与えていた。
そのまま6人の兵士は気絶して動かなくなった。
「おいおい、弱過ぎんだろ」
ガガは刀を構えたまま間合いを取る。彼の目は暗闇の中でも赤く光り、その姿は死を司る者のように不気味さを漂わせていた。
イチハとリツは目配せすることも無く、息の合った動きで同時に飛び出した。
二人の動きに合わせ、リツの能力によって地面が大きく波打つ。その上を風に乗って駆けるイチハ。
渾身の一撃を振るうもガガは後ろへ跳躍しながらそれを受け流す。
ガガは着地と同時に足元に横たわっていた、村人の焼け焦げた死体をイチハめがけて蹴り飛ばした。
「ぎゃはっ!」
顔面めがけて死体が迫り、イチハは前方の視界を一瞬遮られる。
上体を横にそらして回避し、前方に視線を戻すが骸骨の男の姿はすでに消えていた。
どこだ?
あご下にチリチリとした殺気を感じる。
ガガは低姿勢で死角に隠れながら近づいていた。
下段から死体ごと両断する斬撃をイチハへ浴びせる。
イチハは咄嗟に山刀で受けたが山刀は上空に吹き飛ばされる。
肩の周りが熱い、恐らく斬られたのだろう。
とどめの一撃を振るがリツが斜めから飛び出し、刀でガガの手首を斬りおとす。
「っち。やっぱり2人はきついか」
ガガの足元は手首から吹き出した血で赤黒く染まっている。
しかし、その表情には苦痛の色はなく、むしろ興奮の色が見える。
「まだ手はあるんだよ!!」
そう言って、刀を捨て胸元から小瓶を取り出して握りつぶして小瓶を割った。
ガガは光を放つ龍のカケラを手に取り、それを手首を失った腕の切断面にねじ込んだ。
悶え、呻きながら体を震わせるガガ。無くなったはずの手が再生を始め、肉が膨張し筋肉が盛り上がり、丸太より太い怪物じみた腕に形状が変化していく。
腕には鱗が生え、骨のような爪が何本も突き出している。
「くくっ。凄いぞこれは」
そう言いながら、人だった何かは人間の声帯では出せない怒号のような叫び声をあげながら突進する。
イチハはもろにそれを受けて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ息が出来なくなる。
リツは構えるも殴り飛ばされ、地面を転がる。
ガガはまっすぐに小林を守っている土の防壁に走り寄って叩き壊すため腕を振り上げる。
リツは力を振り絞って飛び上がり、相手の腹部へ刀を突き入れた。
ガガは一瞬よろめくが、それでも止まらない。
イチハも地面から這い上がり、落ちていた槍をつかむと全力で投げつけ、巨大化した腕を貫く。ついに動きを止めた。
人間の体が変化に耐えられないのか、腕の形状変化は解けて、右腕は白い煙を吹きながら枯れ木のように細くなっていく。
「くそっ、もうもたねぇか。やれよ」
目をつむる。その表情には疲れと諦念の笑いが見えた。
リツによって防壁から出てきた小林が男を一瞥する。
小林は月明かりの下、緩やかに口を開く。
そして、一言。
「イチハ、村を襲った罪人です。首をはねなさい」
イチハは一瞬だけ躊躇したが、刀を振り上げ頭部へと一閃した。
地面に崩れ落ちた身体からは今も白い煙が立ち込め、次第に煙が弱くなると同時に身体も砂のようになっていった。
ガガの命が途絶えた。
「行きましょう」
小林の声に、二人は無言で頷いた。