6話 流れ着いた先で
激流が容赦なく二人を飲み込んでいく。
ゴォン、と背中が岩に打ち付けられる。
痛みで思わず息を呑み、その隙に濁流が口の中に入ってくる。
小林を庇った衝撃で、意識が朦朧となる。
だが、離すまいとイチハは歯を食いしばり、目を見開いた。
濁流は二人の体を持て遊ぶように、上下左右に振り回していく。
何度か岩に揉まれた後、イチハは小林の頭を抱えながら岸に這い上がった。
どれくらい流されただろう。
川岸に打ち上げられた二人は、全身を濡らしたまま倒れていた。
「おとうさーん!人が死んでるよ!」
少年の声が遠くで響く。イチハは意識が朦朧としながらも、声のする方へ目を向ける。
背の低い少年が木の枝で突っついてくる。
「死んでないって......」
イチハが呟くと、少年は驚いて後ずさった。
「生きてる!おとうさーん、早く来て!」
その声が遠くなり、イチハは再び意識を失った。
気がつくと、囲炉裏の温もりを感じる。
目を開けると、木と土で作られた天井が見えた。
古い梁が何本も並び、所々《ところどころ》に編んだ藁が覗いている。
壁は土と石を混ぜて固めたもので、イチハの村とよく似た造りだ。
「あ、起きた!」
先程の少年が声を上げる。
囲炉裏を挟んで、夫婦らしき男女と白髪の老人が座っていた。
小林も近くで横になっており、その寝息は穏やかだ。
「あんたらどこから来たんだ?水浴びしてたわけじゃないだろ」
男は囲炉裏をかき混ぜながら尋ねた。
「羽鐘の山から来ました」
「どこへ?」
「皇都へ向かう途中で、色々《いろいろ》あって馬から振り落とされて落ちたんです」
「ははっ。抜けた話だ」
男は火に薪をくべながら笑う。
暖かな炎が揺らめき、壁に影を作る。
「まぁ良い、明日の朝には出て行ってくれよ」
イチハはこくりと頷いた。
少年が不満そうな顔をする。
「えー、もうちょっといてよ。面白そうなのに」
「だめでしょう、この方も困ってるわよ」母親が諭すように言う。
「村長には俺から伝えとく、もう寝てくれ」
男は立ち上がり、奥の部屋へ消えていった。
少年は母親に連れられ、老人も自分の部屋へ戻っていく。
夜中、何かが倒れる音で目を覚ます。
外では犬が吠える声も聞こえる。
老いた男のしわがれた声が近づいてきた。
「おい!カタクラ!早く出てこい!」
「どうしました村長」
カタクラと呼ばれるのは、泊めてくれた男だった。
足音を立てないよう、そっと板の間を歩く。
「お前なんて奴を引き入れてくれたんじゃ!村中が大騒ぎだぞ!」
村長の声には焦りが混じっている。
イチハは静かに体を起こす。
目の前では小林がまだ眠っていた。火の気が消えた囲炉裏から、かすかに煙が立ち上っている。
(どうやら、俺に用があるらしい)
「なるべく子供とあの眠ってる女を避難させてくれ」
「お、おい」
カタクラが戸惑う声に、妻が気付いたのか、奥の間で物音がする。
「見つけたぞ、クソガキ」
ガガ、骸骨の男は一歩前に出る。
「何が目的だ」
イチハの声に、村の静けさが張り詰める。
「何がもくてきだぁ?お前らを殺すために決まってるだろ」
「そこまでする訳は?」
「かはっ!なーんも知らないんだな」
ガガは不気味に笑う。
そして背後の村人たちを睨みつけると、一人の男を引きずり出した。
「や、やめて......」
若い男は震える声で懇願するが、骸骨の男の目に感情は浮かばない。
その手には小瓶。中で黄色いカケラが青緑の液体に浮かんでいる。
「お前が住んでた山にばらまいた、このカケラを飲ませるとなぁ......」
無抵抗な村人の口に、液体が流し込まれる。
「こうなるのよ!!」
突然、村人の頭部が歪み始めた。
「龍化って言ってな、要はバケモンになっちまうのよ」
「ぐっ、あ、ああああッ!」
骨が軋む音。皮膚が引き攣れていく。
男の悲鳴は次第に人の声ではなくなっていった。
次第にトカゲのような姿へと変貌していく。
「ほら、行け!」
ガガに蹴られ、トカゲと化した村人が口を開く。
眩い光が喉元に集まり──
轟音と共に白い熱線が放たれた。
凄まじい熱線は瞬く間に村を焦土と化していく。
周りにいた村人たちは悲鳴を上げ、逃げ惑う。
ガガは目の前を通った人に笑いながらに刃を振るった。
逃げ遅れた村人が次々《つぎつぎ》と倒れていく。
「こんな村まで巻き込んで、何のためにっ!」
イチハの声には怒りが滲んでいた。
龍化した者が熱線を吐き、次々《つぎつぎ》と家を燃やしていく。
イチハは小林に覆い被さり、全身に風を纏う。
熱線は風の力で僅かにそれていく。
焼ける臭いが鼻をつき、イチハは吐き気を堪えながら風の力を保ち続ける。
「ほら、舞台として盛り上がってきただろ?」
だからもう用済みだ、とつぶやきながらガガは長槍をこちらへ向けて狙いを定める。
火の手を防ぐだけで手いっぱいのイチハにはさばけそうもない。
「じゃあな、お前も死ねよ!」
「伏せろ!」
背後から響く凛とした声。
イチハは小林を抱えて後方へ倒れこんだ。
ギュワンという金属音と目の前で火花が散る。
「リツ!」
小林の呼びかけに、土を操る女は一礼する。
「小林様、遅れて申し訳ありません。助けに参りました」
リツと呼ばれた女性は刀を投擲するとトカゲ男の頭部を貫いた。
ポッポと火を何度か散らした後、トカゲ男は動かなくなった。
「なぁ、イチハとか言ったな。状況は最悪だ。私が抑えるからお前は小林様を皇都まで連れて行け」
「置いて逃げろと?」
「早くしろ時間が惜しい」
イチハは小林に目を向ける。
「好きになさい。イチハの決めた事に従います」
「わかった」
ザッと砂埃やススを払いながらイチハはリツの隣に立つ。
「リツ……さん。倒そう今ここで」
「チッ、リツで良い」
いくぞ
2人は構えた。