5話 血染めの道中
翌日、庭先には荷馬車が用意されていた。
御者は無口な中年の男で、こちらを見て少し頭を下げる。
馬車の中は人が入る程の大きい荷箱が手前に高く積み上げられている。
河田に別れの挨拶を伝え、小林とイチハはその荷物の裏側に座り込んだ。
こうして、二人を乗せた荷馬車は皇都へ向けて動き始めた。
出発してしばらくすると関所が見えてくる。
木の柵で周囲を覆い、真ん中には屋根の無い質素な門があるだけだが。
「この関所、私からもお金を取ろうとしたんですよ」
小林が荷箱の陰から顔を出す。
「聞こえようによっては仕事熱心に思えるけどな」
「公務ですよ?冗談じゃありません。あ、御者の方。
通行料は私がお出しします」
そう言って立ちあがろうとする小林を御者が片手で制した。
「いえ、通行料は河田様より預かっております。目をつけられぬようそこでお待ちください」
そういって、御者は懐の袋から銀貨を取り出し、衛兵と二言三言言葉を交わし問題なく通過できた。
「おにぎりでも食べますか?河田さんが用意してくれました」
小林は布の包みから笹で巻いた握り飯を取り出した。
日持ちさせる為だろうか、塩がかなり効いているが美味い。
イチハは河田へ礼を込めながら平らげて外を見る。
陽が沈み始めている。多分、皇都につくのは夜中を過ぎるだろうとの事だった。
「......ッ!」
イチハは頭をとっさに下げて耳を澄ます。
後方の離れた位置から馬の蹄が地面を踏み抜く音が響いている。
やけに早い。かなり荒々しく走らせている。
「御者!速度を上げろ!」
イチハが声を上げた瞬間、矢が風を切る音が響く。
イチハはとっさに山刀を振り上げて矢を弾き飛ばした。
次の瞬間、一頭の馬が横合いから更に先頭へ走り抜ける。
馬上の男が御者に刀を振り下ろす。
血飛沫が舞い、喉元を斬られた御者は声も上げられず地面へと投げ捨てられた。
男は続けざまに馬車の轅を一閃。
(轅:馬車と馬をつなぐ長い棒のこと)
馬具が断ち切られ、馬は勢いのまま前方へ走り去っていく。
荷台だけになった馬車は、ゆっくりと速度を失っていった。
「イチハ、どうしましょう」
「仕掛けて来た奴は幸いなことに1人だ。姫さんはそこでじっとしててくれ、大丈夫だから」
イチハはそう言いながら荷箱に風を纏わせ、弾き飛ばした。
それを相手は刀を鞭のように振り抜き、荷箱を両断する。
その隙にイチハは飛びかかり、上段から一閃。
だが、男は軽々と受け止め、一瞬の隙もなく馬上から蹴りを放った。
イチハは腹に強烈な一撃を喰らい荷馬車に突っ込む。
「甘い、甘い」
そう言いながら男は笠を上げる。
「またお前か」
イチハは立ち上がり、村でも見合った骸骨の男を見てため息をつく。
「それはこちらの台詞だ。小汚い山で一生を過ごしていれば死なずに済んだのにな」
骸骨の男は馬に乗りながらじりじりと間合いを詰めてくる。
馬に乗ってなければ斬り合える自信はあったが、この状況はだいぶ不利だ。
何とかして引き摺り下ろさないと距離がありすぎて斬れない。
イチハは山刀を片手で握り、それを支えるように手のひらを広げた。
刀身が強き風をまとい震え、風の渦の中心になる。
森の木々がそれに合わせて弧を描き踊る。
やらなきゃやられる
矢を放っても全て斬り払うような奴には其れよりも素早く動けば良い。
イチハは身体を前へ倒すように前傾させ突撃する。
骸骨の男は馬の前足を上げて踏みつけようとするがイチハは真横に流れるように動く。
骸骨の男は刀を突き出し、払う。
イチハはそれを山刀で受けながら後ろへ跳躍。
大木の腹に横から着地しそのまま投槍器を構えて槍を発射させる。
ぎゅんという風切り音。
槍を受け流したが目前には更に跳躍して迫るイチハ。
先程のお返しとばかりに蹴りをお見舞いし骸骨の男は落馬する。
イチハは骸骨の男へ目も向けず荷馬車の元へ寄って行く。
「姫さん!」
「はい!」
小林はイチハの手を掴み馬上へ乗る。
「くそがきがぁ!!」
骸骨の男は起き上がり叫ぶが既に2人は豆粒のように小さく見えた。
「なんとかなったな」
はぁはぁと息をしながらイチハは安堵する。
「えぇ、このまま皇都へ一気に参りましょう」
「うん、それなんだけど少しまずいかも」
「えっ?」
この馬全然言うことを聞かないどころか俺たちを導くように崖まで連れて来やがった。
「イチハ、この下は激流の川ですよ。早く馬を止めてください」
「おい。あっちに向け」
馬は元来た道へ体を向ける、と同時に前後に激しく暴れ始める。
「あっ!イチハっ!」
小林が馬から振り落とされ空中に放り出される。
「くそっ」
イチハは崖下の川へ落下する小林の身体を無理やり掴み、頭を抱えながら激流に飲まれていった。