13話 救出
四恩の家に辿り着いた時、そこは既に戦場の端になっていた。
帝国兵が通りを制圧し、民家に火を放っている。
住民たちの悲鳴が響き渡る。
「四恩!」
イチハが叫ぶ。
家の前には、五人の帝国兵が立っていた。
その奥で、四恩が壁際に追い詰められている。
「やめて……」
四恩の震える声。
「貴様ら!」
イチハが風を纏って突進する。
帝国兵の一人が銃を向けるが、イチハは風で弾道を逸らし、山刀で兵士を斬り伏せた。
「神楽、右だ!」
「言われなくても!」
神楽が雷撃を放つ。青白い光が帝国兵を貫き、三人が倒れる。
残る一人が剣を抜くが、イチハの一閃がその胸を貫いた。
「四恩、無事か!」
「イチハさん……神楽!」
四恩が駆け寄る。
神楽は顔を背けた。
「姉さん……ごめん」
「神楽……」
四恩は妹を抱きしめた。
神楽は最初抵抗したが、やがて姉の胸で泣き崩れた。
「ごめん、ごめんなさい姉さん……私、私……」
「いいの、いいのよ。無事で良かった」
イチハはその光景を見守りながら、周囲を警戒した。
まだ帝国兵がいる。
「二人とも、泣いてる暇はない。逃げるぞ」
「イチハさんかい?」
そこへ一人の男が現れた。
町民の服を着ているがスッとした立ち方と目つきで一般の人ではないと判る
「ああ、俺がイチハだ」
「小林様からだ。これに目を通したら通り沿いの倉庫街に来い」
そういって男は書面を渡した。
イチハはもらった書面に目を通した。
『飛翔船を落としてほしい。港の北、倉庫街に凧を用意した。イチハなら出来ると信じている』
「凧……?」
イチハは空を見上げた。
飛翔船が、ゆっくりと旋回している。
あれを落とせば、帝国軍の指揮系統が乱れる。
だが、どうやって。
「イチハさん、何が書いてあるんですか?」
四恩が尋ねる。
「飛翔船を落とせ、って」
「あの化け物をどうやって……」
神楽が呟く。
「凧を使う」
「凧?」
「ああ。風で飛ばして、あれに取り付く」
イチハは神楽を見た。
「神楽、お前の雷で、あの船を壊せるか?」
神楽は一瞬驚いた顔をしたが、やがて頷いた。
「……やってみる」
「四恩は、この男に連れてもらって皇都で待ってろ。必ず戻る」
四恩は頷きながら二人の手を握った。
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倉庫街に向かうと、そこには巨大な凧が用意されていた。
竹の骨組みに和紙を張った、人が二人乗れるほどの巨大な大きさだった。
「これに乗るのか……」
神楽が不安そうに見る。
「他に方法はない」
イチハは凧を担ぎ、開けた場所へ運んだ。
「乗れ」
イチハが中心に膝をついた態勢で乗り
神楽も隣に座ってイチハの服を軽くつまんだ。
「離すなよ」
イチハは深く息を吸い込んだ。
そして、両手を広げて凧に付ける。
風が巻き起こった。
最初は優しい風。
凧がふわりと浮き上がる。
次第に風が強くなる。
凧は高度を上げ始めた。
「うわっ……」
神楽が凧の骨組みに掴まる。
地面がどんどん遠ざかっていく。
家々《いえいえ》が小さく見え、人が豆粒のようになっていく。
イチハは風を制御し続け、飛翔船へと近づいていく。
やがて、巨大な黒鉄の船体が目の前に迫った。
「あそこだ!」
イチハは凧を船の上部へ誘導する。
ゴツンという音と共に、凧が船体に激突した。
二人は素早く飛び降り、船の上部に取り付いた。
「神楽、頼む!」
「わかった!」
神楽は両手を天に掲げた。
その手に、雷光が集まり始める。
「来い!」
空が光る。
雲が渦巻き、雷鳴が轟く。
そして──
ガシャアアアアン!
天から巨大な稲妻が落ちた。
それは神楽を通り、船体へと流れ込む。
船体が軋む。
歯車が火花を散らし、蒸気管が破裂する。
「もう一発!」
神楽は再び雷を呼んだ。
二度目の稲妻が船を貫く。
船内から爆発音が響いた。
「何者だ!」
甲板から、兵士たちが現れる。
その中心に、奥平がいた。
「貴様ら……しぶといな!」
奥平の隣には、巨大な男が立っていた。
身長は二メートルを超え、鋼のような筋肉に覆われている。
手には、イチハの山刀の三倍はある長大なブレードを持っていた。
「ガイアス、片付けろ」
「了解」
男──ガイアスは、その巨体に似合わぬ速さでイチハに迫った。
「速い!」
イチハは咄嗟に山刀で受ける。
ガキィン!
金属音が響き、イチハの身体が後方に滑る。
力が、桁違いだ。
ガイアスは追撃する。
ブレードが横薙ぎに振るわれる。
イチハは風を纏って跳躍し、回避する。
ブレードが通った場所で、船体の手すりが両断されていた。
「力比べじゃ勝てそうにも無いか」
ガイアスは無表情のまま、再び迫る。
上段からの一撃。
イチハは横に転がって回避。
着地と同時に反撃しようとするが、ガイアスは既に次の攻撃に移っていた。
突きが放たれる。
イチハは風の壁で軌道を逸らすが、それでも肩を掠めた。
「っ!」
血が滲む。
「イチハ!」
神楽が雷撃を放つ。
ガイアスはブレードを盾のように構え、雷を受け流した。
刃が青白く光り、甲板に稲妻の残滓が散る。
「無駄だ」
ガイアスは神楽にも襲いかかる。
神楽は剣で受けるが、その衝撃で後方へ弾き飛ばされる。
「くっ……」
「神楽!」
イチハは風を纏い、ガイアスの背後に回り込んだ。
山刀を振るう。
だが、ガイアスは振り向きざまにブレードで弾く。
「小賢しい」
ガイアスの蹴りがイチハの脇腹に叩き込まれる。
「ぐっ!」
イチハは甲板を転がる。
呼吸が乱れる。
肋骨にひびが入ったかもしれない。
このままじゃ勝てない。
「おいお前!姉さんを……泣かせるなぁぁぁ!」
神楽が叫んだ。
その手に、これまでにない量の雷光が集まる。
「喰らえ!」
神楽は全身全霊を込めて、雷撃を放った。
青白い光の奔流が、ガイアスを呑み込む。
ガイアスはブレードで防御しようとするが、雷撃の勢いに押される。
「ぬうっ!」
ガイアスの巨体が後退し、船体の壁に激突した。
壁が砕け、ガイアスは半身を壁に埋めた状態で止まる。
「今だ!」
イチハは立ち上がり、風を全身に纏って突進した。
全力の一撃。
山刀がガイアスの胸部を狙う。
だが──
ガイアスは片手でブレードを振るい、イチハの刃を弾いた。
「まだだ」
ガイアスは壁から身を引き抜き、立ち上がる。
その身体には傷一つない。
いや、鎧の下に無数の傷があるのかもしれないが、動きに支障はない。
「強い……」
イチハは歯噛みした。
その時、船が大きく揺れた。
神楽の雷撃で損傷した船体が、推力を失い始めている。
「奥平、この船はもう持たない」
ガイアスが冷静に告げる。
「くっ……仕方ない、撤退だ」
奥平は慌てて船の端へ向かう。
ガイアスは奥平の襟首を片手で掴み、軽々《かるがる》と持ち上げた。
「ひいっ!」
「舌を噛むなよ」
そして──ガイアスは奥平を抱えて船から飛び降りた。
二メートルを超える巨体が、奥平を抱えたまま、何十メートルもの高さから落下していく。
だが、ガイアスは着地の瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収し、何事もなかったように走り去っていった。
「逃げた!」
神楽が叫ぶ。
「追うか?」
「いや、今はそれどころじゃない」
イチハは船体を見た。
船は傾き、落下し始めている。
「神楽、掴まれ!」
イチハは神楽を抱え、風を全身に纏った。
「これを……港の船にぶつける!」
「何ですって!?」
「成功すれば最大の奇襲攻撃になる」
イチハは風を操り、落下する船の軌道を変え始めた。
神楽も、船体の一部に雷を打ち込み、爆発を起こして推力を生み出す。
二人の神能が、巨大な船を導いていく。
「行けええええ!」
飛翔船は、港に停泊していた帝国の軍船目掛けて落ちていった。
ドガァァァァァン!
凄まじい爆発。
二
飛翔船は帝国船二隻を巻き込んで炎上した。
爆風が港全体を襲う。
帝国兵たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「やった……」
イチハと神楽は、凧に乗って地上に降り立った。
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飛翔船の撃墜を見た帝国軍は、動揺した。
指揮系統が乱れ、撤退命令が出される。
残った軍船は、次々《つぎつぎ》と港を離れていく。
イチハと神楽は、港に残った帝国兵を一掃していった。
やがて、港から帝国兵の姿が消えた。
「終わった……のか?」
神楽が呟く。
「ああ、終わった」
イチハは空を見上げた。
夜が明けようとしていた。
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数日後、皇都。
皇居の謁見の間に、イチハは立っていた。
皇主が、玉座から静かに語りかける。
「イチハ、そなたの働き、誠に見事であった。帝国の侵攻を退け、皇国を救った功績は計り知れぬ」
正人は立ち上がり、イチハに近づいた。
「よって、そなたに『風の守護者』の称号と、この剣を授ける」
差し出されたのは、美しい装飾が施された刀だった。
「ありがたく頂戴します」
イチハは深々《ふかぶか》と頭を下げた。
謁見の間の端で、四恩が拍手をしていた。
その顔は、涙と笑顔でぐちゃぐちゃだった。
そして、小林が優雅に歩み寄る。
「イチハ、改めてお願いします。私の、いえ──この国の盾として、これからも戦ってください」
イチハは頷いた。
「ああ、約束する」
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その後、イチハは皇国の守護者として活躍し、四恩は皇都で小さな診療所を開き、人々を癒す日々を送った。
ー完ー




