12話 風雷と影
皇都へ戻った小林は、すぐさま執務室へ向かった。
待ち構えていたのは北の将軍、さまがねだった。
「小林殿。話は聞いた。奥平を捕えよとのことだが」
さまがねは白髪交じりの髭を撫でながら、慎重に言葉を選んでいる。
「はい。帝国との密貿易、龍の鱗の投棄による国土汚染。このままでは国が傾く。死罪に値します」
小林の声には迷いがなかった。
「しかし、南の領地に攻め入るとなれば」
「今動かねば。売国奴を止められなかった無能として2人、歴史書に名を残す事をお望みですか?」
さまがねは深く息を吐いた。
「わかった。千単位の兵であれば即座に動かせる。それを持って迅速に将軍と奥平を捕えるとしよう。」
その夜、北軍は静かに南へと進軍を開始した。
夜明け前、イチハは四恩の家へ向かった。
扉を叩くと、小さくどうぞとだけ声があった、扉は開いていた。
「イチハさん……」
四恩はイチハ達が出ていった時と同じく椅子に座って外を眺めている。
「何度も来てすまない。四恩の手当てのおかげでこうして動けているよ。本当にありがとう。」
イチハは礼を伝えながら書面を取り出した。
「それは?」
四恩はうつろな表情で書面に視線を移す。
「皇都よりも北の郊外に小さな民家がある。小林様の頼んで用意してもらったんだ。そこへ避難しよう」
しかし四恩は首を横に振った。
「妹を裏切ることになるからか?」
「私は逃げません」
「だめだ。此処も戦に巻き込まれるかもしれないんだぞ」
「妹に、神楽には奥平の元から離れるようお願いしました。もしかしたら此処に帰ってくるかもしれません」
四恩の緑色の瞳には、涙が浮かんでいた。
「わかったよ。あの妹を此処へ連れてくる。それなら避難するんだよな?」
「イチハさんが連れ戻してくるというのですか」
お前はそもそも敵側だろという顔だ。
「それしかないなら、やるよ。恩人の願いだしな」
四恩はイチハの手を取り深々《ふかぶか》と頭を下げた。
奥平は港から少し離れた場所に豪邸を建てており
そこに籠っている。
丘を削って慣してその上に皇国で1番大きな洋館を造った。
その洋館へ向かう途中の長い緩やかな坂の前には奥平の私兵が詰めている。
北軍がその周りを囲み奥平を逃さないようにしている。
イチハは坂の外壁に矢を穿ち、めがけて跳躍した。
矢の上に軽く足をかけて更に飛び立つ。
こうして奥平の屋敷にイチハは侵入した。
屋敷の真ん前には松明、その中心には神楽がいた。
「また殺されに来たか」
腕を組んで待っていた神楽の周りには稲妻が走っている。
その周囲の空気が揺れている。
「奥平を逆賊として捕える、嫌、殺すように命令が下されてるぞ」
「笑わせる。お前たちに何ができる」
神楽の声は冷たく、感情を失ったようだった。
「下にいる軍勢が見えないのか?もう逃げられないぞ」
「黙れ!」
青白い稲妻が地面を走りイチハへと飛んで行く。
イチハは刀身で受けながら後ろに払い稲妻を後方へと流した。
「お前の姉が泣いている。もう良いだろ」
神楽が突進してくる。雷を纏った剣が、イチハの首筋を狙う。
イチハは風を纏って後方に跳躍。着地と同時に山刀を構える。
「逆賊として裁かれればお前の姉も晒し首だぞ!」
「うるさい!」
神楽の剣閃は白く光りながら線の様に細く通った後を青白い稲妻が通る。
受け損なえば死ぬような凄まじい剣撃を受けながらイチハは三度叫ぶ。
「お前は利用されているだけだ!」
「黙れ黙れ黙れ!!」
神楽は我を失ったように剣を振るう。
その隙をついて、イチハは風の渦を神楽の足元に叩きつけた。
「っ!」
バランスを崩した神楽を、イチハは風の力を使い端へと押し込んだ。
「離せ!」
神楽が暴れる。その手から雷光が迸る。
イチハは腕に痺れを感じながらも、必死に押さえ込んだ。
「このまま逃してやる。良いから四恩の元へ帰れ。あの娘はお前が来るまで動かないと言ったんだぞ。隠れ家も用意してあるし国としてお前らを追うこともしない。これが俺に出来る最大限だ。判ったならゆう事を聞け!」
神楽は何か喋ろうとして口を開いたが轟音にかき消された。
ズドンという何かが降って落ちた音に爆ぜる音が連鎖して聞こえる。
神楽は何か喋ろうとして口を開いたが、轟音にかき消された。
空気が振動している。
「何だ!?」
イチハが空を見上げると、月明かりに照らされた巨大な影が迫っていた。
それは、船だった。
だが、海を進むそれではない、空を飛ぶ船だ。
全長は優に五十メートルを超える。
黒鉄の船体下部には無数の羽根の様な物が統一された動きではばたき、船体下部の真ん中には発光した球体がうなりを上げている
「飛翔船……」
神楽が呆然と呟く。
次の瞬間、砲門が一斉に火を噴いた。
ドォォン!ドォォン!ドォォン!
連続する轟音。
砲弾が降り注ぐ。
最初の一発が、坂の中腹にいた奥平の私兵たちを直撃した。
人が木の葉のように吹き飛ぶ。
着弾地点を中心に爆風が周囲の兵士たちを薙ぎ倒す。
残ったのは地面を赤黒く染める血飛沫だけ。
北軍の指揮官が距離を取るように叫ぶも砲撃に呑まれた。
二発目、三発目、四発目、砲弾は容赦なく降り注ぐ。
囲んでいた北軍・奥平の私兵たちの悲鳴が響き渡る。
焦げた肉の臭いが立ち込めた。
「くそっ」
一方的な虐殺を前に頭が働かない。
神楽も、その光景に言葉を失っていた。
顔は蒼白で、唇が震えている。
「まだ生きているか。しぶといな」
突然、背後から声がした。
振り返ると、奥平が満面の笑みを浮かべて立っていた。
その巨体は、炎に照らされて不気味さを増している。
「何なんだあれは」
イチハが問う。
「帝国の飛翔船だ。美しいだろう?龍の鱗から取り出したマナで動く、人類の叡智の結晶だ」
奥平は陶酔したように空を見上げた。
「皇国は今日で終わりだ。私が新たな王となって秩序を作る」
その時、飛翔船から更に小さな船が降りてきた。
それは小舟に似ているが、底部には同じく発光する球体が取り付けられている。
小舟は奥平邸の前庭にゆっくりと着地した。
奥平は小舟に向かって歩き出す。
イチハは山刀を奥平へ向けて投擲するが小舟に乗っていた帝国の兵士に弾かれてしまう。
「奥平様、私はどうすれば」
「あぁ神楽、お前も生きていたか。来るか?共に」
「はい、ですが姉さまも」
「あれは忘れろ、拾う手間が惜しい」
神楽は唖然としている。
「来ないのか?なら……」
奥平が手を上げると乗っていた小舟は飛翔船へ移動を始める。
そして再び砲撃が始まった。
今度の標的は奥平邸、嫌、イチハ達だった。
砲弾が邸宅に直撃し、白い外壁が粉々《こなごな》に砕け散った。
洋館が、瞬く間に瓦礫の山と化していく。
「ぎゃああああ!」
逃げ遅れた私兵たちが、崩れる建物の下敷きになった。
イチハは呻いた。
北軍も、南軍も、区別なく、全てが、焼き尽くされていく。
イチハは神楽の手を引きながら砲撃をかわして奥平邸から離れるよう走っていく。
周囲は地獄絵図だった。
坂の周辺には、無数の死体が転がっている。
黒煙が空を覆い、夕方のように暗くなっている。
「姉さん……」
神楽が小さく呟いた。
イチハは神楽を見た。
神楽は、呆然と立ち尽くしていた。
その顔には、何の表情もない。
ただ、目だけが──涙を浮かべていた。
「私は……私は何を……」
神楽の声が震える。
「ずっと奥平様に従ってきた。恩があるからって。姉さんを守るためだと。でも、違った。奥平様は、私たちのことなんて何とも思ってなかった」
神楽は膝から崩れ落ちた。イチハは神楽の肩に手を置いた。
「今気づいただけでも、マシだ」
イチハは神楽を立たせた。
その時、新たな轟音が響いた。
今度は、もっと遠く。
港の方角だ。
イチハは周囲で最も高い木に登り、港の方面を見渡した。
地平線の向こうに、無数の黒い影が見える。
帝国の船団だった。
数十隻もの軍船が、南の港に殺到している。
そして、そこから降りてくる兵士たち。
帝国の侵攻が、本格的に始まっていた。
「帝国が本格的に攻めてきた。このままじゃ、この街全体が戦場になる」
神楽は蒼白な顔で頷いた。
「今、俺たちがすべきことは一つだ。四恩を助ける。それだけだ」
神楽は唇を噛んだ。
迷いと、恐怖と、後悔が、その目に浮かんでいる。
だが、やがて決意の色に変わった。
「……わかった」
小さく、神楽が呟いた。
「でも、これは姉さんのためよ」
「それでいい」
二人は、炎と死体に囲まれた戦場を抜け、四恩の元へと走り出した。
背後では、帝国の砲撃がまだ続いていた。




