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8.ポンコツハンコマシーン

 トルカットの業務は多岐にわたる。

 まずは神官長の補佐としての仕事。これは言葉通り神官長が快適に動けるように下の神官たちを管理したりその他雑務の調整をするのが主な仕事だが、トルカットに限ってはそれだけに留まらない。本来神官長の業務であることも、やらせてもらえることは全て引き受ける。どんな経験でも、必ず大神官となるときに役に立つはずだという計算があるからだ。

 それから神殿議会の動向にも常に目を配る。議会では神殿内の方針や外交に関する決定を行っていて、神殿の頭脳ともいうべき機関だ。まだ幹部候補生のトルカットたちも月に一度の全体会議では発言の場があり、そこで神殿にとって有益な提案ができれば名も売れる。ライバルたちを出し抜く絶好のチャンスであり、ここでも気が抜けない。

 それから今年は神獣騎士の試験もあるのだ。だいたい三年に一度行われるそれにトルカットが直接関わることはないが、筆記試験の準備や会場の確保、設営のために神官が駆り出される。騎士団とそれらの調整をする仕事も今年は入っていた。

 そういった諸々を全てさばくために、神官部の執務室内では常に数人の神官が仕事に当たっていた。静かな室内にはぺら、ぺら、と紙をめくる音と、時折ペンがインク壺にぶつかる音が低く流れている。

 書類に集中していたトルカットが異変を感じたのは、しばらく経ってからだった。目を通し終わった紙の束を机の端に寄せると、目の前で作業していた神官たちが一様にそわそわとしだしたのだ。

「なんだ?」

「ああああ、いえ、こ、これ急ぎでお願いします!」

「こっちもお願いします!!」

 トルカットが顔をあげると神官たちは慌てたように立ち上がり、大きな執務机の前に群がった。視界を塞がれたような行為に不審を感じて、座ったまま彼らの隙間から室内を窺うと……、いた。隅のほうに作った「囚人専用強制労働席」でこんもりと山になっている黒い頭が。

 あの野郎強制労働中に何寝てやがんだ。イラついて文鎮を投げつけてやると(神官たちから「ああっ」と諦めたような声が上がった)、

「あでっ!」

 アルバロは声を上げて飛び起きた。何が起こったかわからない様子できょろきょろとして、にらみつけるトルカットと目が合って、何が起きたかはわからないが犯人はこいつだと思ったらしい。

「いてーじゃねーか何すんだ!!」

 頭を押さえようとして拘束のせいでそこまで届かず、鎖を盛大にじゃりと鳴らした。何もかもうるさい男だ。

「寝てんじゃねえよ」

「疲れたら寝て回復しないとだろ!」

「お前ハンコしか押してねーじゃねーか」

 本当は過酷な鉱山労働でもさせてやりたかったのだが神殿内に鉱山はないし、それにトルカットの仕事は書類仕事が多い。重要書類にも多数関わることになる。そんな重大な仕事を囚人に任せるわけにはいかないから、とりあえず処理済みのハンコを押させておいたのだがそれのどこが疲れるってんだ。

 じっとりと睨むトルカットに、ふてぶてしくも犯罪者は、

「だってこう、ずーっとおんなじ動きばっかだと眠くなってくるっていうか……」

 などと大あくびをしながら言い訳をし、じゃあ疲れてねえじゃねーか。

「じゃあ疲れてねえじゃねーか」

「いや、眠くなるってことは疲れたってことだよ!」

 なおもぎゃあぎゃあとうるさい男の席の後ろに、どっさりと書類が積まれていく。

「あの~、すいませんアルバロさん。こっちも詰まってるんで……。急いでもらえると」

「げっ!いつの間に!」

 床から机くらいの高さに積まれた書類の束が四つ目になったのを見て、さすがの奴も泡を食った様子になった。いつの間にってお前が寝てる間にだよ。

「それ全部今日中にだからな」

「えっ、ガチ?ガチで言ってる?」

 釘を刺したトルカットがわざと無理難題を押し付けているとでも思ったのか、アルバロは周囲の神官の顔を確認するように見渡した。彼らは一人残らず力なくにこりと微笑み、それで奴はようやく自分の仕事量に気づいたようだった。

「まじかよ~……、多すぎじゃね?」

「だからお前はハンコ押してるだけだろ」

 普段はその量をトルカットと神官たちだけでハンコを押すところまで全て処理しているのだ。ハンコを押さなくてよくなった分少しは処理速度が上がるかと思ったが、ハンコマシーンがポンコツで逆に余計に時間がかかっている始末。

「なんでもやるっつったろ」

 ぶつぶつと文句を垂れるハンコマシーンに裁判の時の奴自身の言葉をあてつけるように言うと、

「っせーな!やるよ!!」

 まだ記憶に新しいだろうその言葉に奮起するように奴はガタリと座り直した。それから勢いよく腕まくりをしようとして拘束具に阻まれて、

「あでっ!」

 またじゃらりと盛大に鎖を揺らした。いつまでもうるさい男だ。

 眉をしかめたトルカットとは反対に神官たちは思わずといった様子で失笑し、執務室内はいつになく緩んだ空気となってしまった。トルカットにとっては実に不本意なことに。

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