7.首輪
トルカットが鎖の先端を引っ張るとそれはじゃら、という音を立てて一直線にぴんと張り、もう一方の端に繋がれたものの抵抗を直に手のひらに伝えてきた。
「ほらとっとと歩けよ囚人」
もう一度ぐいと引っ張ると、渋々といった様子でそれに繋がれた男が歩き出す。
「お前の趣味ドン引きなんだけど……」
男は絶望した様子で自らの姿を見下ろした。拘束された両手を少し動かすとじゃらりと鎖の音がして、それは男の首にはめられた首輪につながっている。さらに首輪から伸びたもう一本の鎖の端はトルカットの手の中にあり、まるで散歩されている犬のよう。犯罪者にはふさわしい姿といえた。
「別に趣味じゃねえよ。お前が囚人だってことを目立たせるためだ」
周囲を見渡すと、みんな遠巻きにこちらをちらちらと気にしている。あれが例の襲撃犯、とでも噂しているのだろう。こうやって目立つ拘束具をつけておけば知らずに近寄ることもないし、逆にこいつが逃げ出しても大したことはできない。
それに、トルカット自身の身の安全を確保できるというのも一番の目的だった。
トルカットが監視役を申し出た時、やはり周囲からの強固な反対に遭ってしまったのだ。
「それは危険だ」
「そうだ。イドゥリオに任せておけ」
それらはトルカットの身の安全を慮ってのものかもしれなかったが、反対されればされるほどお前には無理だ、イドゥリオならできる。と見くびられているように感じて納得できなかった。
「お願いします。私もまだまだ未熟者の身の上、自分の命を狙ったものがこれからも同じ生活圏内にいると思うと、不安なのです。せめて、私の目につくところで監視させていただけないでしょうか」
言外に、こちらは命を狙われたのにイストリエカに残すことを許したんだぞ、今度はそっちが譲歩する番じゃないか。ということをにじませると、渋々ながらトルカットの希望はおおむね認められた。……ただしイドゥリオがそのサポートに当たるという全く有難くない条件付きで。
「トル……っ、」
そのイドゥリオが、早速こちらの様子を窺いに来たようだ。が、その途中で首輪をつけられたアルバロの姿を認めると、さすがの奴もうわあと盛大に顔をしかめる。
「なんかそういう趣味みたい……」
「だから趣味じゃねえよ」
意味ありげに自分とアルバロを見比べるイドゥリオの視線を、トルカットは平然と受け流す。だってどう考えても首輪なんかで拘束されているこいつのほうが恥ずかしいだろうが。どうして自分まで好奇の視線にさらされることになるのだ?まあ、本当にそういう趣味があるならドン引きだが、俺は別にそんなんじゃないしな。
そんな考えから鎖の端を持って堂々と腰に手を当てるトルカットを、イドゥリオは未だ微妙な表情で眺めていた。
「何か不安があったら言ってねって言おうとしたけど……、君には必要ないかも……」
あるわけがない。またも親切ごかしたお申し出に、トルカットは内心でフンと鼻息を吐いた。敵の塩を受け取るほどトルカットは落ちぶれちゃいないのだ。早々に功績を立てる機会を失って残念だったな。
そらどーも、と気のない返事でやり過ごそうとしたが、奴は立ち去ろうとするトルカットに引っ張られるアルバロのほうに近づいて、今度は優しげな声を出した。
「アルバロ君。君も、トルカットに何かひどいことされたら俺に言ってね」
アルバロは思わぬ申し出に一瞬戸惑った様子でイドゥリオを上目遣いに見て、
「あの……。この格好がすでに……」
自らの出で立ちに視線を落とす。両手の拘束がじゃらりと音を立てた。
「……。だよねえ……」
そうして二人はそろってトルカットを見やる。さすがにこれはないんじゃない、という二人分の視線を受けてなおトルカットの意思が変わることはなかった。誰に何と言われようと外す気はない。
強固な姿勢を崩そうとしないトルカットに、イドゥリオはちょっとため息を吐いて、諭すような口ぶりになった。
「ねえトルカット、神殿のみんなは仲間なんだ。特に俺たちは上の立場にいるんだから、もっと、一人一人を大切にして……」
そんなことは大神官を目指す身として頭に入っている。たしかに神殿に所属する者を庇護する義務はあるが、
「こいつは犯罪者だぞ」
神殿の教えに背いて他人の命を奪おうとしてきた者を大切にするいわれはない。びんと鎖を引っ張って不満を示すと、イドゥリオは引っ張られたアルバロを心配そうにちらりと見て、
「うん、そう、だけど。でもさ、それにも理由があるわけだし……」
出た、お優しいイドゥリオ様が。こいつは自分が襲われていないからそんな悠長なことが言えるのだ。いっぺん襲われてみてからそんな口をきいてみろ。いい加減おままごとに付き合いきれなくなったトルカットは相手を冷たく睨んだ。
「とにかく、こいつの監視役は俺だ。余計な口出しするな」
イドゥリオは納得できないようにまだ何か言い募ろうとしていたが、
「イドゥリオ様、いいんです。オレはこいつを殺そうとしたことを後悔はしていません。だから、囚人でいいんです」
アルバロがきっぱりとした態度で殊勝なことを言うので結局その口を閉じた。まあ犯罪者に殊勝もクソもないが。
「おら、囚人。仕事だぞ」
わざと強く鎖を引っ張ると、繋がれた男はこちらに挑むような視線を向けたままついてくる。ちょうどいい、本人が囚人扱いに納得しているというのなら、こちらも遠慮せずにこき使ってやろうではないか。
そのとき、困ったことがあったら言ってねと背中に声がかかったが、それはトルカットに向かって言われたものでないことは明白だった。