6.裁判
窓のない小さめの部屋で緊急の全体会議が開かれた。殺人未遂犯の処分が今日、ここで決まるのである。全体会議は通常の幹部のみの会議とは違い、幹部候補生も参加できる。見渡した限り八割ほどの候補生が参加しており、その中にはイドゥリオの姿もあった。まあ当然である。幹部に顔と名前を売っておきたい候補生にとって、全体会議に参加しない手はないからだ。
現役の武官が現行犯逮捕されたことと幹部候補生を狙ったこと。この二つによってトルカット暗殺未遂事件は緊急案件となり、スピード処罰を求められたのだった。幹部を狙ったらこうなるぞという見せしめの意味もある。だからそれなりに重い処罰が下されるであろうとトルカットは期待して処分の読み上げを待った。
「……神聖なる神殿に仕えるものとして、その罪は重い。よってイスランディへの追放をもってその罰とする」
決定事項を読み上げる幹部の声に、トルカットは内心落胆した。北の果ての大陸の、さらにその北にある島への島流し。そもそもたどり着けるのかも怪しい。要するに神殿からの追放で、二度と戻ってくるなということで、死刑のない神殿では最も重い罰のうちのひとつといえる。
しかしトルカットには不満が残る。こっちは殺されかけたんだぞ。神殿では死刑は望めないが、せめて半殺しのうえ放置とか、過酷な鉱山で死ぬまでこき使われるとか、もっとスッキリできそうな罰はないのかよ。
トルカットが思わず眉をひそめたのと同時に、当の犯罪者であるアルバロも泡を食った様子で声を上げた。
「えっ!ま、待ってください、それだけは……!」
急に身を乗り出したアルバロを、両脇を固めていた武官が二人がかりで押さえつける。その必死な様子に幹部も、トルカットのライバルたちも、出席者全員が彼に注目した。
「弟の墓がイストリエカにあるんです!あいつの家族はもう俺しかいないから……、下水掃除でもどぶさらいでも一生やりますから!だから、島流しだけは……!」
その懇願するような様子さえもトルカットには不快なだけだった。人の命を狙っておいて、自分だけは思い通りになると思うなよ。
「信用できません。神に仕える立場の者であるというのに凶行に及んだのがその証拠。まだ誰かを死に追いやろうとしているのやもしれません」
だから被害者の立場としてぴしりと跳ね除けてやる。島流しでは緩すぎると思っていたが、その必死な様子からして案外相手にとっては相当なダメージを与えられるようだ。自分で手を下せないのはスッキリしないが、まあいい。思い直したトルカットが島流しの方向で推し進めようとすると。
案の定、相手はあの飢えた獣のような瞳でぎろりとこちらを睨んできた。襲われた時よりも憎しみのこもった眼光かもしれない。今にも飛びかかりそうな雰囲気のアルバロに、部屋の中には緊張が走る。ほらあの顔を見ろよ、まだやる気だぞ。そういう気分で毅然と相手の視線を受け止めていると。
「待ってください。この件は、彼一人の問題じゃありません」
トルカットの天敵イドゥリオが、その空気を遮るように発言した。そして進行役の幹部に目配せして許可を得ると、注目を集めるようにその場に立ち上がる。一体何を言うんだといぶかし気に見やるトルカットの視線の先で、彼は再び口を開いた。
「彼は流行り病で両親を亡くし、職を求めて兄弟二人きりでイストリエカまでやってきました。二人とも神殿の武官見習いとなり、成人するとどちらも正式に武官に。そして弟さんのほうは暗部に入って……神殿のために働き、殉職しました」
最後に悲痛そうに顔をゆがめたイドゥリオの言葉に、場にわずかにざわりとした動揺が走る。トルカットですら奴の境遇など初めて知ったのだから、加えて弟が暗部の仕事で死んでいると今初めて聞かされた者たちは驚き、一人残らず神妙な顔つきとなった。なぜならここにいる全員が、暗部に危険な仕事を指示したことがある者たちばかりだからだ。
「たった一人の家族を亡くしてしまったんです。悲しくて、悔しかったでしょう。だからといって罪がなくなるわけではないですが、我々の管理体制にも原因があったのだと思います。彼一人を悪者として切り捨てるのではなく、もっと神殿側からも歩み寄りが必要ではないでしょうか」
加えて弟の死でアルバロが天涯孤独の身となった事実により、ざわざわとした動揺の空気の中に多分に同情の割合が増えていっていることは確実だった。
――余計なことしやがって。
さらに気に食わないことに、そういう情状酌量の事情をどこからか掘りだしてきたイドゥリオに対して尊敬のまなざしすら送られている始末。さすがイドゥリオだ、なんと優しい、などと幹部まで言い出したことによって、完全にトルカットのたくらみは阻まれたも同然だった。
「弟の墓参りがしたいだけなんです、本当に何でもやります!だからお願いします!」
そこに必死になって頭を下げ続けるアルバロの懇願も加わって、
「そういうことなら……」
「でも大丈夫ですかね?」
「まあ、監視付きでしばらく様子を見ても……」
墓なんか掘り起こして死体と一緒に島流しされろなどと非道なことを考えているのはどうやらトルカット一人だけのようで、重大な決定権のある幹部たちもついに心を動かされた様子となった。こうなってしまっては一人だけ強固に反対するわけにもいかない。トルカットは内心ぎりと歯を食いしばる。幹部のいる前でマイナスになるような行動は慎まなければならない……。
「当事者の意見も聞こう。トルカット、それでよいか?」
「……はい」
もはや了承する以外に選択肢のないトルカットの返事に、みんな一様にほっとした様子を見せた。イドゥリオの余計な横やりのせいで、今やみんなトルカットが殺されかけたことなどすっかり忘れてしまったのだ。……他人事だと思って、薄情な奴ら。
「では監視役を誰にするかだが……、」
とある幹部のその言葉に、
「それはもちろん私が」
イドゥリオが当然というように言い出しっぺとして名乗り出た。
「そうだな。イドゥリオなら安心だ」
「危険かもしれないが大丈夫か?」
「いえ、ご心配には及びません。二度とこんなことが起こらないように尽力してまいります」
ぺこりと頭を下げて、まるで部下の不始末を謝罪する上司のような態度だった。ほう、と感心したようなため息が、周囲のそこかしこから不快な音の波としてトルカットの耳に届く。
「さすがイドゥリオだな」
「本当に彼は、大神官様のお若いころにそっくりだよ……」
ひそひそと内輪話をする幹部たちのささやきすら聞こえてきて、
冗談じゃねえ。
トルカットは一人静かに憤慨した。
このままではまるで、妙な恨みを買ったトルカットのほうが悪かったみたいになるではないか。しかもその後始末をイドゥリオが請け負うみたいな構図になって、相対的にこっちの評価が下がってしまう。出しゃばるなよ、人の不幸で功績立てようとしやがって。
手柄を横取りされたような気分になってカッとなったと同時に、
「待ってください。その役目、私にやらせてもらえませんか」
そんな言葉がつい口をついて出ていた。