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5.余計なお世話

 神殿の敷地内に牢があるなどというのは少々穏やかでないと思われるかもしれないが、あそこはもともと高位の神官たちが一人でこもって神に祈りをささげる場であったらしい。地下のじめじめとした空間に好き好んでこもるなど頭がおかしいとしか思えないが、過去にはそういう苦行じみた行為の果てにようやく神と繋がることができると信じられていた時代があって、あの地下施設はその頃の遺物なのだとか。現在ではもちろんそんな不快な施設は一般的に利用されることはなく、たまに現れる欲に負けて巫女に手を出そうとした下等神官を隔離するだとか今回の殺人未遂犯とか、神殿内で内々に処理したい不届き者を一時的にぶち込んでおく場所となっている。

「くっそ……」

 その地下施設から地上に戻ってきたところで、まぶしい外の光に目を細めながらトルカットは何度目になるかわからない罵倒を吐いた。あの男に一発食らわせてやるつもりが、余計にイライラさせられただけだった。

 結局一撃も食らわせられなかったし、あいつの処刑が決まったら絶対に自ら手を下してやる、などと聖職者らしかぬことを考えながら地上の草の上をさくさくと大股で歩いていると、首元からもいやに強烈な草の臭いがぷんと匂ってきてトルカットは思わずそこをさすった。

 怪我という怪我はしていなかったが、ぎりぎりと思いきり首を絞られたおかげで喉を一周するように真っ赤に手の跡がついてしまっている。その見た目に驚かれて有無を言わさず医務室に運ばれてしまったが、もしあの時喋れたらその前に一発殴らせろと叫びたかった。奴が抑え込まれているあの状態なら、顔でも腹でも好きなところを何度でも足蹴にできたのに。失敗した。

 少なくとも今日一日は、この薬草の匂いと首に巻かれたがさがさした布に煩わされることになるだろう。疲れのような諦めのようなため息を吐いたとき、さらに追い打ちをかけるように前方に嫌な薄茶色の頭を発見してしまった。建物の隅のほうでぽつんと佇んでいた薄茶色のほうも、一面草の生えた他に何もないところに現れた人影にすぐに気づいたようだ。一直線に駆け寄ってきた。

「トルカット。襲撃にあったんだって?」

 こんな普段誰も通らない、この先には牢屋しかないようなところで鉢合わせるなんて待ち伏せでもされていたようで気分が悪い。つい隠しもせずにあからさまに嫌な顔をしてしまいつつも、すぐにそりゃそうかと思い直す。白昼堂々の暗殺行為は即座に神殿中に広まったに違いなく、きっとライバルにどの程度ダメージが入ったのか確かめに来たのだ。彼は予想通りすぐにトルカットの首に巻かれた包帯に視線を移して注目した。そして若干悲痛そうに顔をゆがめ、

「大丈夫?」

 などと親切ごかして言う。

 見りゃわかんだろ、ぴんぴんしてるわ。

 ああ、とか別に、とか当たり障りない言葉であしらいながらも、内心は反感でいっぱいだった。それに対してホッとした様子を見せる彼に、誰も見ていないのにご苦労なこって、とトルカットは意地悪く考えた。

 立って歩いていれば大丈夫だとわかるし寝込んでいれば大丈夫ではないとわかる。いちいち大丈夫?なんて聞いて一体何の意味があるのか。トルカットには見りゃわかんだろ、としか思えない。

 そしてそういう態度が陰でひんしゅくを買っているせいで余計にお優しいイドゥリオ様のほうに信者がつくのだ。くだらねえ。

 さっさと立ち去りたくて早足になるトルカットを、しかし奴は追ってきて、

「君、そんなに嫌われていたなんて……」

 心を痛めた様子で真逆の失礼なことをぬかしやがるので、

「ああ?うるせえよ。逆恨みだバカ」

 答えながらもトルカットの機嫌は下降する一方だ。

 そういえばこいつだって自分と同じ立場でほぼ同じことをしているのに、なんでこっちだけ理不尽な逆恨みを買わなきゃいけないんだ。本当に、運が悪いとしか言いようがなかった。

「でもさ、やっぱ日頃の行いが……。俺ずっと思ってたんだけど、君もうちょっと、」

 もう大神官にでもなったつもりのお説法かよ。馬鹿どもが優しいと持ち上げるイドゥリオも、トルカットにはことあるごとに年上風を吹かせる押しつけがましいおせっかい野郎としか思えなかった。実際にトルカットよりも年上で、そのせいで自分より数歩先を歩いていることも気に食わなかった。ほとんどなんの功績もないし階位だって俺より低いくせに。

 だから上から目線のお説教が始まる前に、トルカットは相手を完璧に無視して足早にそこを立ち去ることにした。

 ・

「こんなことになるなんて、ごめんね」

 薬草の匂いをぷんぷんとさせて戻ってくると、神官長は縮こまってしゅんとした様子でうなだれていた。当たり前だ。トルカットは腕を組んだまま冷ややかなまなざしでそれを見下ろす。

「……あの、もし君が不安なら、私のほうから神獣騎士に要請を出しておくけど……」

 しばらく護衛をしてもらう?と上目遣いに尋ねられた提案を即座に突っぱねる。

「いりませんと申し上げたはずです」

 もともと護衛などいらないと断ったのに無理やり会わせようとした結果があのざまだ。このうえ護衛をつけようなどとは頭がおかしいのか。そんな静かな怒りに彼はしばらくまごついたあと、観念したように指をもじもじと組んで静かに真意を語った。

「実はさ、もともと私も君に護衛をつけようと考えたわけじゃなくって。ほら、君ってイドゥリオと違って人望な……いや、仲がいい人がいな……少ないみたいだからさ。彼は君のファンだって言ってたし、少しでも取り巻き、じゃない、友人ができるといいと思ったんだけど」

 申し訳なさを全身で滲み出しているわりには真逆の内容にこめかみがぴくりと引きつる。うるせえ余計なお世話だ。

「仕事に友人はいりません。わたくしの立場から生意気なことを申すようですが神官長様にはこのような些事に心を砕かずに業務に専念していただければと思います」

 怒りのあまりつい一息で言ってしまった。さすがの神官長も冗談では済まないことだと反省しているのか、それともトルカットの怒りももっともだと承知しているのか。ハイ、とうなだれたまま返事をして肩を落としたままとぼとぼと廊下を去っていく。そのいつもより小さく見える後ろ姿にトルカットはフンと息を吐いた。友人だと?

 そんなところを観察されているというのが心外だった。友人がいたからなんだっていうんだ。いなかったら業務に支障が出るのか?友人が多いやつが大神官になれるのか?そんなわけはない。時勢を読む力や判断力が一番に求められるはずだ。大神官とは神殿の命運を握る者なのだから。

 そもそも神殿の現場には神官長をはじめ、ことあるごとにサボりたがる神官や隙あらばぺちゃくちゃとやかましい巫女たちしかいない。それらより少しはましな幹部候補生はみんな大神官の座を狙うライバルである。とても仲良くしたいとは思えない連中ばかりだった。

 だからトルカットの結論は一つ。

 大神官になるのに友人はいらない。

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