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4.弟

「弟には才能があった」

 鉄格子の向こう側で、両手を拘束された男は座り込んだ石の床を見つめながらぼそりと言った。

「だから見習いから正式に武官になってすぐに、上から暗部にスカウトされた。なろうと思えば表舞台の華やかな神獣騎士にだってなれたはずなのに、あいつは……。『動物ってなんか臭いし』なんてくだらない理由で、裏で危ないことに手を染める危険な集団なんかに入ったんだ!!」

 あのバカ野郎、と男は悔し気に顔をゆがめる。一方、聞いているトルカットのほうは始終真顔だった。死ぬ前に言い残したいことを聞いてやろうとしたらこれである。お前の弟なんか知るかよ。もちろん神殿では(表向き)殺生はご法度だから、たとえ幹部候補生殺人未遂犯だとしてもこいつがその命で罪を償わされるということはたぶんないが。

「言いたいことはそれだけか?」

「ちがう!あいつには才能があったんだ、オレなんかよりも数百倍すごい才能が。それなのに、些細な失敗で弟を追い詰めたのはお前だ。だからお前が弟を殺した!」

 相手はそこで興奮したようにトルカットに食ってかかってきた。まあ鉄格子ががしゃんと音を立てただけだったが。鉄の仕切りから一定の距離を取ったまま、冷ややかに相手を見つめる。

「お前の弟など知らん」

「知らないはずがないだろ!暗部に指示を出したのはお前だって聞いたぞ!」

「っつったって……」

「人殺し!地獄へ落ちろ!!」

 ガタガタと耳障りな音とともに身に覚えのない罵倒までされて、さすがのトルカットの真顔にもふつふつと怒りが湧いてきた。しかも身に覚えのないこいつの思い込みによってさっきは殺されかけまでした。まあこいつがくそ弱かったおかげで大きな物音と神官長の悲鳴に駆け付けた隣の執務室の神官たちに取り押さえられて事なきを得たのだが。要するに弟が死んだ悔しさをこっちに八つ当たりしているだけじゃないかこいつは。

 無茶な仕事を指示して死人を出したというのなら責められる道理はあるが、そんな事実があったとしたら即座に神殿上層部の議会で問題になっている。問題になっていない以上こいつの逆恨みだということは決定事項だ。これだから頭の悪い奴は。逆に外側から鉄格子を思いっきり蹴りつけてやる。

「お前の頭の悪さを教えてやる」

 一方的に怒りをぶつけていた男はガツンという音にわずかに身を引いたが、逃げてたまるかというようにそのうっとおしい前髪からのぞかせた眼光をさらに鋭くした。

「一つ目。暗部に指示を出すのは俺だけじゃねえ。幹部や幹部候補生なら全員やってる」

「でも弟の上司に問い詰めたらお前の指示だったと言っていた!」

 間髪入れずに男は反論してきた。まあそれならトルカットの指示した仕事だったことは認めよう。しかし、

「二つ目。暗部を動かすには議会の承認が必要だから、俺の意思だけでやったわけじゃない」

 暗部は神殿の諜報部隊ということもあり、その仕事内容は表ざたにできないようなことならなんでも、といったところだが、当然何でもやらせられるわけじゃない。神殿幹部で構成される上層議会で必要だと承認された案件だけが、実際に仕事として指示されるのだ。男もそれは聞かされていたようで、涼しい顔で話すトルカットに反論できないようにぐっと歯を食いしばる。……それから。

「三つ目。俺は一介の雑魚には会わん。お前の弟など、会ったこともない。お門違いだ」

 こいつはさっきからトルカットが弟の失敗を執拗に責めたみたいな言い方をしているが、そんな覚えはこれっぽっちもなかった。クソが死ね、くらいは言ったことがあるかもしれないが、誓って本人の目の前で言ったりはしていない。なぜなら。

「会おうとしなかっただけだ!弟はあんたに謝罪しようと面会を申し込んだ!でもあんたは受け入れなかった!」

 男は再び怒気を込めて鉄格子を揺らした。

 そりゃそうだろとトルカットは半分呆れた。なぜなら未来の大神官となるべく邁進しているトルカットには大量の仕事と策略があり、その片隅の、暗部の末端のためなんかに使ってやる時間は皆無だからだ。

「はあ?いちいちそんなもん聞いてられるかよ。結果で取り戻せ」

「あんたがそう言ったせいで弟は!あいつはムチャやらかして死に急いだんだ!まだ若くて、才能があったのに!」

「知るかよ。その才能とやらを過信してバカやっただけなんじゃねえの」

 仕事の、特に現場での失敗はその個人の責任であって、トルカットの関与するところではない。むしろそいつが失敗した尻拭いを何らかの形でしたのだろうから、感謝されてもいいくらいだ。それなのに男は、

「人殺し!お前は大神官になる資格なんかない、人殺しだ!!」

 ガタガタと鉄格子を揺らして筋の通らない感情的な罵倒ばかりをまくしたててくる。

「……おい、ロッド貸せ」

 いいかげんイライラして後ろに控えていた見張りの武官に手を差し出すと、彼は一瞬ぽかんとして、それから慌てて自らの腰のあたりから腕の半分くらいの長さの棒を取り出した。神殿武術で用いる護身武器だ。神殿においては血を流すような行為はご法度なので、当然どこも尖っていたり鋭くはなっていないただの棒である。そのことは惜しいが、今は武器という武器がこれしかないのだからしょうがない。

「一番長くしろ」

 伸縮自在のそれを、一番長い状態にさせる。だいたいトルカットの身長くらいにはなった。何をしようとしているのか薄々わかったようで恐々と差し出す武官からその長い棒を受け取ると、牢の中の男も何が起こるのか感じ取ったようだった。張り付いていた鉄格子から後ずさって、牢の奥のほうへと移動する。

 が、これだけの長さがあれば外からでも突くことは造作もない。そういえば、首を絞められたお礼もまだだったな。ふつふつと湧き上がる怒りに逆らわずに腰のあたりでロッドを構えて狙いを定め、勢いよく中に突き入れると、

 ガツン!

 牢の奥の石壁が盛大な音を立てた。……避けやがったな。

「……」

 ぎろりと相手を睨んで今度は立て続けに何度も突く。しかしひらひらと逃げ回る男に当たることなく、それらはすべて牢の壁をえぐっただけだった。

「逃げんじゃねえよ!」

「へっ、バーカ!小位五段をなめんなよ!」

 雑魚が!

 カッとなったトルカットの猛攻も空しく、しまいには反撃とばかりにロッドが壁に当たった瞬間を狙って先のほうを抱え込まれてしまい、二人で両端を掴んでの膠着状態となる。押したり引いたりしてもびくとしかしない。

 両者とも渾身の力を込めて憤怒の形相で睨み合っていると、後ろで見ていた武官がその成り行きにおろおろとして、

「あ、あのトルカット様。俺がやりましょうか?」

 などと微妙にズレた進言をしてくるので、

「うるせえ!」

 雑魚と思っていた相手に一発も食らわせられなくて微妙にプライドを刺激されたトルカットの意地を、さらに燃え上がらせることになるのだった。

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