ディルライン王国へ
アルフレッドの公式訪問が決定してから2週間後、イゼルでの全ての準備を終えた4人は国境でオスカーの見送りを受けていた。
「では、あとの事は頼んだぞ」
「かしこまりました」
今回は正式な訪問という事もあり、アルフレッド達が乗る王家の馬車と護衛のために随行する近衛騎士達が大勢控えている。
その様子を見ていた舞が心の中でそっと溜息を吐く。
(私とアルフレッドがいれば、大抵の危機には対応できるような気がするけど…)
王族である以上そうはいかないのだろう。
「ねぇ、リン。めんどくさいわ」
『自業自得であろう?』
そもそも舞の指摘と提案から始まった施策だ。そして最後まで付き合うと決めたのも舞だ。
「…そうだけど」
こんな大事になるとは思わなかったし、こんなに付き合う事になるとも思わなかったというのが本音だ。
「マイ」
そんな会話をリントヴルムと小声でしていたら、アルフレッドが自分を呼ぶ声が聞こえた。
オスカーとの話を終えたのか、自分に向かって歩いてくるアルフレッドに「どうしたの?」と声を掛ける。
「マイには俺と一緒に王家の馬車に乗って貰うけどいいか?」
「え?いや、私はイリスと一緒の馬車でいいかな…って…」
「安心しろ。イリスも一緒だ。流石に婚約もしていない男女二人だけで馬車に乗るような真似はしない」
何故か不本意そうな表情のアルフレッドを見た舞が不思議そうな表情をしたのを見たイリスが苦笑する。
「まぁ、いいわ。いざとなったらリンもいるし」
「…馬車からいきなり消えるのだけは勘弁してくれ…。一応公式訪問だからな?他国に王族と聖女の不仲説など流れないように頼む」
確かにそんな噂が流れたらセントクライス王国に不利益になりかねない。舞は自由に生きていきたいとは思っているが、この国に不利益を齎したいわけではないのだ。しかも今回の訪問理由には自分も深く関わっているのだから。
「大丈夫よ。ディルラインとの条約締結まではきちんと付き合うから安心して」
「ありがとう」
アルフレッドの嬉しそうな表情に思わず赤くなった頬を隠すように、舞が顔を背ける。
(顔が良すぎるのよ…っ!)
しかも一緒に仕事をするうちに、王太子という立場にも関わらず自ら先頭に立って施策を進めていく姿は控え目に言ってもカッコいいと思ってしまった。
自分が仕事中心の生活にやりがいを見出していた影響か、元々仕事ができる人は好きなのだ。前の世界では恋愛に費やす時間がなかっただけで…。
(…って何考えてるの、私!?)
「マイ?」
急に視線を逸らした舞にアルフレッドが心配そうに声を掛ける。
舞はゆっくりと視線を戻し、アルフレッドと視線を合わせる。交わした視線の先にあるのは自分を気遣う色。
自分を好きだと言いながら、同時に許さなくていいと言ったアルフレッド。
始まりはともかく、今は自分に寄り添い、大切にしてくれているのもわかる。
それでもまだ彼の傍で生きる決心はつかない。
「…なんでもないの。それよりもう出発の時間なの?」
小さく溜息を吐いていつも通りの様子に戻った舞に、アルフレッドもそれ以上は言及せず「あぁ、馬車へ行こう」と手を差し出した。
エスコートのために差し出された手に自分の手を重ねると、舞は周囲の人々の視線を感じながら馬車へと向かった。
馬車の扉の前にはオスカーが控えており、二人の姿を見て王族に対する礼を取る。
「殿下、聖女様、ご無事のお帰りをお待ちしております」
「あぁ、この街の事も含め、あとは頼んだ。何かあれば連絡を」
「かしこまりました」
アルフレッドの言葉に顔を上げて、安心させるような声で答えたオスカーの瞳が舞に向けられる。
「聖女様、どうか殿下を宜しくお願いいたします」
明らかに複数の意図が込められた言葉に舞は思わず引き攣った笑みを返す。
「…ご安心を。殿下がこの国に戻るまでは責任を持ってお守りいたします」
自分が言い出した事なのだから、それくらいの責任は負うべきだろうと思って言った言葉だったのだが、それを聞いたオスカーの口元に笑みが浮かぶ。
「それは…安心いたしました。殿下がこの国に戻られるまで…どうぞよろしくお願いいたします」
含みを持たせたその言葉の意味を舞が察する事はなく、それを聞いたアルフレッドがいい笑顔で舞を馬車の中へエスコートするのを見ていたイリスとマティアスが困った笑みを浮かべているだけだった。
イゼルの街を出発したアルフレッド達がディルライン王国に入ると、どことなく空気が変わったような気がする。
そう言った舞にアルフレッドが「そうだろうな」と返す。
「セントクライスは聖女に護られた国だ。そして国に常に聖女がいる国はセントクライスの他にはない」
それを聞いた舞が最初に聖女の事を学んだ時にクレメンス長官が言った事を思い出した。
『聖女がいるというだけで国内の空気が変わります。それは実際に空気が清浄さを増すというだけでなく、聖女の存在に人々が覚える安心感が国内の雰囲気を作るのです』
あの時は何て勝手な、としか思わなかった。だが王宮を出てから実際に目にした一般の人々の生活を見ると、その穏やかな日常を壊したくないと思ってしまう。
そしてそれは自分がセントクライスの聖女として、アルフレッド達と共に動けば叶えられるのだ。
「…聖女がいるといないとでは…そんなに国が変わるの?」
実際にディルライン王国に入ってから感じるのは、なんとも言えない空気の重さだった。アルフレッド達は特に気にしていないところを見ると、ここまでの違和感は感じていないのだろう。
だが舞は気分が悪くなるほどではないものの、纏わりつく不快感に既に辟易していた。
「聖女がいない国は…いる国に比べるとどうしても国民の間に不安が広がりやすい。それを払拭できるほどの統治ができていれば問題はないのだろうが…」
言葉を濁したアルフレッドの表情と、イゼルの街でディルラインの商人が行っていた悪どい商売の仕方を考えれば、それができていないのは明白だった。
「…面倒な交渉になりそうね」
小さく溜息を吐いた舞にアルフレッドとイリスの表情が曇る。
「でもまぁ…そんな交渉は元の世界で慣れっこよ。まかせて!」
これでも将来を嘱望された営業力がある上に、今は聖女としての力もある。
交渉であれ、武力であれ負ける気はしない。
「まったく…マイには敵わないな。…情けない事を言うようだが…頼りにしてる」
少しだけ緊張が解けた様子のアルフレッドに舞が満面の笑みを向ける。
自分の力を発揮できる舞台はいつでも大歓迎なのだ。
「じゃあ、さっさと交渉を纏めてしまいましょう!」
舞の明るい声に後押しされるように、アルフレッドの一向はディラインの王都に向かって速度を早めたのだった。




