トラブル
翌日、アルフレッドの部屋に集まった4人は同時進行していた2つの案件の総仕上げにかかっていた。
輸送サービスについては実際にサービスを稼働させるのは王都にいるオスカーが中心になるということで、こちらの街で行うことはあまりない。しいて言えば住民達にサービスについて周知させるくらいだ。
問題は他国との取引にも関わる検問所での検閲の方だった。
「こんな感じでどうかな?」
舞が差し出した紙の束を受け取ったアルフレッドが、順番に目を通していく。そこには本物の商品である事を示す証明書についての記載や、商品自身の特徴などがわかりやすく纏められていた。
「あまり細かく書き過ぎても読むのが嫌になるだろうし、最初は品数も絞って、最低限必要な事だけを覚えてもらえばいいかな、って。どっちにしても証明書を確認する作業さえできれば、ある程度の判別はつくだろうし」
マニュアルの説明をする舞の声を聞きながら全てのページに目を通すと、アルフレッドは「うん、いいんじゃないかな」と笑顔を見せる。
「重要なポイントについては図で説明されてるのもいい。文字だけの説明よりずっと分かりやすいな」
アルフレッドがOKを出すと、舞がほっとしたように表情を緩めた。
これで自分がやらなければならないことは殆ど終わったようなものだ。だがそんな舞にアルフレッドが声を掛ける。
「マイ、もう一つお願いしてもいいかな?」
「どうしたの?」
「このマニュアルについて、マイから検問所の担当者に一度説明をして欲しい。俺達よりもマイが説明した方が分かりやすいだろうし、何か質問されても答えられるだろう?」
確かにマニュアルだけ渡してあとはよろしく、というのも無責任な感じだ。それに自分が言い出したのだから、それくらいは責任を持つべきだろう。
「わかった。いつぐらいがいいかな?」
「これを担当者の人数分複製するから…3日後くらいなら大丈夫だと思う。いいかな?」
思ったより時間がかかると思ったが、この世界にはコピー機なんてものはないのだから仕方がないだろう。
「いいわよ。その間に何か手伝う事はある?」
「いや、あとは王宮との調整くらいだから大丈夫だ。折角だから観光でもしながらのんびりするといい」
優しい口調と自分を気遣うような表情で言われて、思わず頬に熱が集まるのを感じた舞が両手で頬を抑える。意識していないつもりだったが、思わず昨夜のアルフレッドを思い出してしまう。
「マイ様?」
イリスが心配そうに声を掛けてきたが、それに「なんでもないから!」と言うと、舞は慌てたように部屋を出て行ってしまった。
そんな彼女の様子を見ていたアルフレッドが、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「…多少は意識して貰えたと思っていいのかな」
無理強いをするつもりはないが、何もしないとは言っていない。彼女を捕まえるためなら何でもすると決めたのだ。
「3日後までにはオスカーの準備も整うだろう。せめてそれまではマイにはこの街にいてもらわないといけないからな」
自分が自由に動けない状態で国外に出られても困る。予定通りなら明日にはアルフレッドの身分証などの準備が終わるはずだ。
舞に説明してもらった方がいいとの判断はもちろんだが、最大の理由は自分の準備が整うまで舞をこの街に足止めすることだった。
「殿下、悪い顔になってますよ」
マティアスが呆れたように呟くと、アルフレッドは無言のまま笑みだけを返してきたのだった。
アルフレッドの部屋を飛び出した舞は自分の部屋に飛び込むと、後ろ手で部屋の扉を掛ける。
「何、何なの?昨日から態度が変わりすぎじゃない!?」
あんな甘い表情、見せたことないじゃない!と叫ぶ舞の横でリントヴルムが面白そうに舞を見ている。
『必死さが伝わって良いではないか』
「必死って何に!?」
思わず聞き返してしまってから頭を抱えた舞だったが、リントヴルムが揶揄う様子がない事に安心したのか、一度深呼吸をすると気持ちを切り替えるように軽く頭を振った。
「よし、街に行くわよ」
折角時間があるのだ。アルフレッドの言う通り、この街を見て回るのもいいだろう。
舞は魔法で女性冒険者の恰好になると、リントヴルムに「姿だけ消しててくれる?」とお願いする。アルフレッド並みの魔力がなければ、姿を消しているリントヴルムの存在に気づくことはないだろうから、指輪の中にいてもらう必要はないだろう。
折角だからリントヴルムにも外の空気を楽しんでもらいたい。
そんな舞の気持ちが伝わったのか、リントヴルムは姿だけを消すと舞の肩に乗った。どうやらお気に入りの場所になったらしい。
舞はウエストポーチを身に付けると、街へと出かけていった。
街は舞が最初に来た時よりも、ほんの少しだけだが活気が増しているように見えた。アルフレッド達が始めようとしている輸送サービスに期待が高まっているのがわかる。
サービスの受付をする予定の建物の前を通れば、建物の壁に張り出されたサービスの説明を熱心に読む人々がいる。
「自分たちで運ばなくてもきちんと商品が届くって本当かねぇ」
「国の軍隊が守ってくれるっていうなら安心できそうだな」
そんな言葉を聞くと、アルフレッドが言った通りサービス開始時点の信用次第でこのサービスが根付くかどうかが決まるなぁ、なんて思いながらあちこちを見て回っていた舞だったが、ふと視界の隅に感じた違和感に足を止めた。
細い路地の奥に複数の人影が見える。一見すると特に揉めているようにも見えなかったが、舞が気になったのは彼らの足元だった。
(あれ、人じゃないの?)
地面に倒れている人影はぴくりとも動かない。その様子に焦った舞は後先考えずに走り出していた。
「ちょっと!何してるの!」
突然割り込んできた声にリーダーらしき男が振り返る。その視線が舞の姿を頭の先からつま先まで舐めるように見ると、にやりと笑った。
「随分勇ましいな?だがこんな場所に足を踏み入れるのは感心しないぜ」
その言葉を無視して舞は地面に倒れている人を見る。仰向けに倒れていた男性の胸が僅かに上下している様子を見て、生きている事に安堵する。
「あなたたち、その人に何をしたの?」
舞はいつでも魔法が使えるよう身構えながら、男達を睨みつける。
「こいつが俺達の商売の邪魔をするから少し痛い目を見せてやっただけさ」
(商売の邪魔?)
それを聞いた舞は地面に倒れている男性に視線を向けると、その服装に見覚えがあることに気づく。
(検問所の担当者だわ)
手順書を纏めるために何度か訪れた検問所で見たことがある。
(…なるほど、こいつらは違法な商取引で儲けてた一味ってわけね)
目の前の相手を叩きのめす事など、今の舞にとっては朝飯前だが、折角ならアルフレッド達の役に立ってもらおう。
新しい制度を始める時には必ずこういう反対勢力が出てくることは予想していたが、問題はこの男達がどちらの国の人間かという事だ。
(流石に他国の人間に手を出すわけにはいかないのよね)
舞は男達だけを結界の中に閉じ込めて逃げ出せないようにすると、倒れていた男性に駆け寄る。
「しっかりして!すぐに治してあげるから…」
そう言って倒れている男性の身体に舞が手を翳すと、ゆっくりと白い光が男性の身体を包み込んでいく。
やがて光が消えると、服の隙間から見えていた傷も綺麗に消えていて、倒れていた人物もゆっくりと目を開けた。
「もう大丈夫だとは思うけど…痛いところとかはない?」
「…はい、助けていただいてありがとうございます。しかし今のは魔法…ですか?」
高度な魔法である治癒魔法を使える存在などごく限られている事を知っているのだろう。困惑する相手に舞は「申し訳ないけどそこは気にしないでもらえると嬉しいかな」と言って苦笑する。
相手も助けてもらった相手に強くは言えないのか無言で頷いた。
「さて、あなた達はどうしようかしら?」
振り返って結界の中に閉じ込めた相手を意地の悪い表情で見る。
「…こんな事をしてただで済むと思うなよ」
「あら、私これでもこの国ではそこそこいい身分なのだけど。あなたが頼りにしている相手はそんなに凄いのかしら?」
わざと馬鹿にしたように言ってみれば、相手の顔が勝ち誇ったような笑みに変わる。
「いくらこの国で高い地位を持ってようと関係ない。俺達の雇い主はこの国の人間じゃないからな」
(一番面倒なパターンがきちゃった…)
十中八九、ディルラインの商人だろう。
ディルラインは商業が盛んな国だ。セントクライスのような国はいいカモとしか見てないのだろう。
そして彼らがセントクライスの人間であろうとなかろうと、ディルライン王国と繋がっているのなら、自分が彼らを勝手にどうこうするわけにはいかない。
(うん、アルフレッドに丸投げしよう!リン、アルフレッドを呼んできてもらえる?)
『わかった。すぐに戻る』
リントヴルムの気配が消えた数分後、アルフレッド、イリス、マティアスが姿を現した。
「マイ、何があった?」
駆け寄ってきたアルフレッドに舞が状況を説明すると、結界に閉じ込められた男達をアルフレッドが睨みつける。
「違法取引を正当化しようとは…。詳しい話は砦の牢で聞こうか。マティアス、連れていけ」
「かしこまりました」
マティアスは舞が結界を解くと同時に全員を魔法で拘束し、そのまま砦まで連行していく。そして舞が助けた検問所の職員も聴取のためイリスが連れて行く。
「面倒事を増やしちゃってごめんね」
「いや、こういう事は早めに手を打った方がいい。助かった」
「そうね、確かに最初が肝心だものね」
「だが何より…舞に怪我がなくて良かった」
ふわり、と軽く抱きしめられる。
「ちょっ…アルフレッド…っ」
驚いたものの、あの日言った通りそれ以上の事をしようとするわけではなく、ただ心配したのだと伝えてくるような触れ方に、舞も身体の緊張を解いた。
「あんな連中には指一本触れさせないわよ…でも、心配してくれてありがとう」
今までよりも少しだけ早くなった鼓動には気づかない振りをして、舞は笑顔でアルフレッドに礼を言ったのだった---。




