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それぞれの決意

 もう夜も遅いから、とアルフレッドが自分の部屋へと帰った後、舞はソファに深く腰かけると大きく溜息を吐いた。

 先ほどまでいたアルフレッドからの言葉がまだ耳の奥に残ってる。


『だから…許さないままでいいから…それでも俺の傍にいて欲しい』


 ただ許しを請うのではなく、初めて舞自身に寄り添ってくれた。

 彼は分かっていたのだ。自分がこの世界に同意なく連れてこられた理不尽に対する怒りで動いている事を。

 ---そうでなければ動けなくなっていたことも。

「だからって…すぐに許せるわけないじゃない…」

 小さな呟きにリントヴルムの尻尾が小さく揺れる。もう姿を隠す必要がなくなったので、指輪の中には戻らないつもりらしい。


『ふむ…マイはどうしたいのだ?』


 落ち着いたリントヴルムの声に舞がゆっくりと考えを巡らせる。

 ここでの仕事はもうすぐ終わる。そしてまだ王城に戻るつもりもない。

「どんな判断をするにしても情報が足りないわ」

 自分はまだこの世界のことを知らなさすぎる。

 舞はソファから立ち上がると、アルフレッドが来る前に見ていた地図をもう一度取り出してテーブルの上に広げた。

 元々は今いる街を経由してディルライン王国へ行くつもりだった。だが今の検問所を自分が通り抜けるのは少々面倒だ。

 何と言っても王太子の同行者として認識されてしまっている。アルフレッドは他国に行っても追いかけてくるなんて言っていたが、積極的に国外に出るのを手助けしてくれるわけではないだろう。

 それでも、自分はこの国以外も見てみたい。

「予定通りディルラインに行くわ。でも今の私が検問所を抜けるのは難しいだろうし、転移魔法で行くつもり」

 そのために最優先で転移魔法を習得したのだ。

 舞は地図を見ながら、この場所からディルライン王国の王都までの距離を確認する。転移先でいきなり人に出くわしても困るし、一旦人目につかない場所に転移してから移動する方がいいだろう。


『そうか。我もディルライン王国は久しぶりだ』


 穏やかな声でそう言ったリントヴルムが舞の肩に乗る。彼から舞に触れてくるのは珍しい。

「…追ってくるかな?」


『間違いなく来るだろうな』


 リントヴルムの答えに小さく笑った舞は最初に検問所に行った時に買ったウエストポーチに全ての荷物と地図をしまう。

 リュックも便利だったが、この先はより身軽に動けるようにしておきたい。これならば常に身に付けておける。

「これでいつでも出発できるわね」

 どこか楽し気な表情の舞を、リントヴルムの金の瞳が優しく見つめていた。




 一方アルフレッドは自分の部屋に戻ったものの、舞の部屋で聞いた事が色々と衝撃的すぎて寝るどころではなかった。

 複雑な表情で戻ってきたアルフレッドを見たイリスとマティアスが顔を見合わせる。先に口を開いたのはマティアスだった。

「殿下、何かございましたか?」

 舞と話をするといって部屋を出たのだから、彼女と話をしてきたのだろうが、それにしても様子がおかしい。

 イリスもソファに座ったアルフレッドの前に紅茶の入ったカップを起きながら心配そうに見ていた。

 そんな二人の様子にアルフレッドも覚悟を決めたのか、イリスの入れてくれた紅茶を飲んで落ち着くと、先ほど舞から聞いた内容を二人に伝えた。

 特に口止めされたわけでもないということは、二人に話しても問題ないということだろう。

「…まさか聖獣様と契約されていたとは」

「しかもそのお話が本当なら、この先マイ様を追いかけるのは難しくなるのでは…?」

 二人の驚きと懸念はアルフレッドと同じものだったが、アルフレッドは諦めるつもりはなかった。

「これから先もマイの意思を無視して王都に連れ帰る事はしない。だがマイを追い続けるには少しばかり問題がある」

「いや、問題ばかりだと思いますよ…」

 マティアスの呆れた声にイリスが大きく頷いている。

 アルフレッドはこの国の王太子なのだ。いつまでも王都を空けるわけにも、まして勝手に他国を訪れるなど無理な話である。

「それについてはオスカーとマティアスに協力してもらいたい」

 そう言ったアルフレッドは転移魔法で姿を消したかと思うと、数分後にオスカーを連れて再び部屋に現れた。

「…殿下、無茶はお止めください」

 いくらアルフレッドがこの国有数の魔力の持ち主とはいえ、王都と国境近くの街を転移魔法で移動するなど、かなりの負荷がかかる。

「時間がなかった。許せ」

 苦笑するアルフレッドにオスカーが溜息を吐く。

「まずは、殿下のお話を伺いましょう」

 そう言われたアルフレッドは舞から伝えられた事と、そんな舞に自分がこれからもついていくために必要な手筈を整えて欲しいと言えば、オスカーは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「王太子という身分を隠し、聖女を護衛するための近衛騎士の身分で動きたいとは…。聖女の帰りを待ちわびているクレメンス長官が聞いたら卒倒しそうですね」

「聖女であり、未来の王太子妃となる彼女を得るためだ。今しばらく待ってもらうしかないな」

 何かを吹っ切ったようなアルフレッドに悪びれる様子はない。

「はぁ…全くしょうがないですね」

 オスカーが折れたのを感じたアルフレッドが口元に笑みを浮かべる。

「あなたの政務については暫く私の方でできるものは肩代わりいたしましょう。現在進行中のこの街の件も引き受けます。ですが、クレメンス長官への説明は殿下ご自身でなさってください。あと、どこにいようとも必ず連絡が取れる状態でいてください」

 そう言ってオスカーがテーブルの上に3つの懐中時計のような機械を置いた。

「これは?」

「連絡を取るだけなら手紙でもできますが、手紙も書けないような緊急事態があっては困ります。こちらはクレメンス長官よりお預かりしてきたもので、これに魔力を流すと王宮にいる私とクレメンス長官が持ち主の居場所を知ることができるようになっています。本当は音声も送れれば良かったのですが、そちらはまだ開発中だそうです。これなら身に付けていても時計のように見えますし、小さいので邪魔にはならないでしょう。念のため全員分お持ちしましたので、肌身離さずお持ちください」

 アルフレッドの騎士としての身分については明後日までに用意すると言ったオスカーを王宮まで送るついでに、クレメンス長官にも説明を済ませておく。

 クレメンス長官はすぐに聖女が戻ってこない事に酷く落胆していたが、アルフレッドの決意を聞くと、聖女と共に戻ってくるのを待つ間、聖女関連の対応については全て請け負ってくれると言ってくれたのだった。

(これで自由に動ける環境は整った)

 王太子としての身分を隠し、舞についていくことは容易な事ではない。むしろ環境だけ整えても肝心の舞の動きについていけるのか…それが一番の問題だった。

「それでも、諦めるという選択肢はないから」

 それが例え地の果てでも追いかける、とアルフレッドは改めて心に誓った。

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