杜撰な検問所
日付が変わるまでリントヴルムと訓練をしていた舞だったが、朝になればしっかり時間通りに起床していた。
意図せず王族が泊まる宿に宿泊することになったため、ベッドの寝心地も最高だったのが幸いしたのか、ぐっすり眠れたため疲れも取れているようだった。
「流石高級宿」
感心したように着替える。服に関してはずっとスーツというわけにはいかないので、この街に来た時点で動きやすい服を買っている。
今なら姿を変えなくても冒険者に見えるだろう。それでも黒髪、黒目を隠すための魔法を掛けた時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
この部屋に来るのは宿の従業員かアルフレッド達くらいだが、念のためいつでも魔法が使えるように用心しつつ扉を開ける。
「おはよう、マイ」
扉の外にいたのはアルフレッドだった。舞は構えを解くと「おはよう」と挨拶を返した。
「朝食がまだなら一緒にどうかと思って」
「えぇ、是非」
そう答えれば、アルフレッドは自分の部屋に用意させるから、といって歩き出す。舞もそのあとをついてアルフレッド部屋に入れば、イリスとマティアスがいた。
「おはようございます、マイ様」
イリスの笑顔と挨拶に一瞬だけ「ここ王宮だったかな?」と思ってしまう。だが隣で無言で礼をするマティアスを見て我に返る。
そんな舞を見ていたアルフレッドだったが、部屋の中央にあるテーブルに舞をエスコートすると椅子に座らせる。
アルフレッドが舞の向かい側の席に座ったタイミングで、イリスがテーブルの上に朝食を並べていく。全員分の朝食の準備が終わったところで、マティアスとイリスも席に着く。王宮なら許されないだろうが、ここは旅先だ。それにアルフレッドもそんな事にこだわるような人間ではなかった。
そうして一見和やかに始まったかに見えた朝食だったが、半分ほど食べ終えたところでアルフレッドが舞を呼んだ目的を口にした。
「それで、マイ。昨日の夜は森の中で何をしていたのかな?」
「ねぇ、せめて朝食が終わるまで待てなかったの?折角の美味しい朝食が台無し」
「それは悪い事をした。それで?」
「全然人の言う事を聞く気ないわね?それならそれで構わないけど、答えるのは朝食を食べ終わったあとよ」
そう言って、宣言通り朝食を片づけることにしたらしい舞の様子に、アルフレッドも小さく肩を竦めると自分も朝食を再開したのだった。
そうして全員の朝食が終わり、目の前に食後の紅茶が置かれると、アルフレッドがもう一度問いかけた。
「それで昨日の夜は何を?」
「教えたくないわ」
待たせた割には答えるつもりはないらしい。そんな回答は予想通りだったのか、アルフレッドが溜息を吐く。
「…なによ?」
「マイ、夜の森がいかに危険か知らないわけじゃないだろう?心配なんだ。もう夜に出かけるのはやめて欲しい」
てっきり何か企んでいると思われていた舞はアルフレッドが心配していたという言葉に思わず目を見開くと、何度か瞬きをする。
「えーと…それはごめんなさい?」
「何で疑問形なの」
「だって、まさか心配してくれてるとは…」
「するよ。確かにマイに理不尽な仕打ちをした自覚はある。そんな俺が言えた義理ではないけれど、マイに傷ついて欲しいわけじゃない」
(確かに…アルフレッドは制限された状況下でもできるだけ私の事を考えてくれていたわね…)
だけどアルフレッド自身がどうであれ、自分が取る行動は変わらない。
「さっきの答えだけど…」
手元の紅茶に視線を落とした舞が口を開くと、アルフレッドが答えを聞くように黙って舞を見つめる。
「それはできないわ。私は私が必要な時にどこにでも出かけるし、好きに行動する」
「…つまり、夜の森でやっていたことはマイに必要なことってわけだ」
(勘のいいことで…)
言葉の端から的確に状況を読み取るアルフレッドの優秀さが今は恨めしい。それでも自分の行動を変えるつもりはない。
「随分と強力な結界を張っていたようだけど、それも必要なこと?」
「答える義務はないわね。話がそれだけなら部屋に戻らせてもらっても?」
この街に対する施策についてはそうすぐには動かないだろう。アルフレッドの方で必要な手筈を整えるにも時間がかかるに違いない。それなら、それまでの間だけでも自分はこの先どうするかを決めるための情報収集でもしておきたい。
「わかった。外出については確かに俺が制限できる事ではないからね。でもそういうことなら、こちらも勝手に動くからそのつもりで」
真っすぐに自分と視線を合わせて言われ、思わず背筋を冷たいものが流れる。
「…勝手にどうぞ」
それだけを言うと、舞はアルフレッドの部屋を後にした。
自分の部屋に戻ると、舞は閉めた扉の鍵を掛ける。
「リン、今もこの部屋って見張られてる?」
『そうだな、覗かれているわけではないが、近くに気配はあるな。部屋を出ればついてくるだろう』
監視付きとわかってしまうとどうにも気になってしまう。
「…気にしてもしょうがないか。とりあえず城に連れ戻される心配はないわけだし、情報収集も兼ねて街に出るわ」
物流についてのアドバイスはしたものの、もう一つ気になっている検問の商品検閲の様子を見に行きたかったのだ。
舞は必要最小限の物だけを持つと宿を出て検問所へと向かう。
向かう途中で小物を売っている露店で革製のウエストポーチを見つける。大きさは小さめのショルダーバッグくらいだが、魔法で収納空間を広げておけば問題ない。
今はリュックを同じようにして使っているが、より身軽に動けるようにするならこれくらいの大きさの方が常に身に付けられて都合がいい。
舞は明るいキャメル色のバッグを購入すると、再び検問所に向かって歩き出す。そうして街のメイン通りを真っすぐ歩いていくと、10分ほどで国境の砦が見えてくる。
石造りの壁のような砦の高さは10メートルはあるだろうか。密入国者防止なのか、砦の上には等間隔で見張りの兵士が立っている。
舞は砦に設けられた検問所の様子を少し離れた場所から見ていたが、暫くすると呆れたように呟く。
「…ざるだわ」
そう、検問所とは名ばかりで、どちらの国からでもほぼ素通りである。呼び止められて何か質問されることすらない。
ディルラインから来る商隊だけが問題なのかと思ったが、こちらからも何のチェックもせずに通しているならお互い様である…。
「ねぇ、リン。国境って何なのかしらね…」
『…まぁ、こんな辺境まで管理が行き届かないのは仕方あるまい』
「いや、国境よ?友好国がいつ敵国に変わるかもわからないのに。そこまで極端じゃなくても物の輸出入を止められたら大問題でしょうに」
違法なものや、不当にぼったくられるような商品はともかく、ディルラインの特産品を気軽に輸入できる地理的利点はもちろんのこと、セントクライスの特産品を輸出するのだって国益になるはずだ。
「これは…午後にでもアルフレッドに報告するしかないわね」
呆れを含んだ溜息と共に呟いた舞を、リントヴルムは『マイの好きなようにするといい』と、優しい口調で後押しするのだった。




