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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

※ただし君に限る!

作者: さんぱく

※BLです。

 孤高のクールイケメンに突然肩を掴まれ、ガチ恋距離で目を覗きこまれながら「ねぇ、俺可愛い?」と尋ねられたとして、どう返すのが最適解なんでしょうか。この時の俺の心情を述べよ。怖い、ただひたすら怖い。会話遮られたし。教室の隅で猥談に興じていただけなのですが。


「え、ええっとぉ……?」

「どう?」

「ぅおっ!近い近い近い!!」


 さらにグイッと距離を詰めて己の顔をこれでもかと眼前に示してくる、イケメンこと、新田智治(にったともはる)。圧倒的美を強制的に拝ませられて、俺は既に涙目である。いったい俺がお前に何をしたってんだ!?

 新田の形の良いアーモンド型の瞳には、小刻みに震えながら狼狽えている哀れな俺の姿がばっちりと映っているのにも関わらず、彼は一向に解放してくれる気配がない。え、待て、むしろ近づいてきてね……?おい嘘だろ……?!


「ーーっだぁぁ!!待て!!ストップ!!なに?お前が可愛いかどうかって!?身長180cmごえの細マッチョイケメンが可愛いわけねーだろ!!少なくとも俺にとってはな!お前の顔面はただの美の暴力だっつーの、いいからもっと離れろ!最低限のパーソナルスペースを確保させろ!!あと何で俺にこんなダル絡みしてくんの!?」


 新田との顔の間に両手を滑り込ませ、一息で喋り切ってゼェハァと肩で息をしていると、奴は「ふーん」とだけ感情の読めない声色で呟いてから、ようやく離れてくれた。ここ最近でいちばんデカい声出した気がする……疲れた……

 そのまま自分の手の平をカーテンのよう見立て、裏で呼吸を整える。指を開いた間からふいに覗けば、依然としてこちらを見ていた新田と目が合って心臓が跳ねた。なぜか全く立ち去ろうとしていない。

 もしや、ちゃんとした用事があったとか……?それを言いにこようとしたものの、俺らが猥談なんかしてたものだから話しかけづらくて、突飛なことして注意を引こうとした的な?

 

「えっと、新田?なんか俺に用事あった?」

「……用事?」

「そう、だから急に絡んできたのかなーって思った……んだけど、別にそうでもない感じ?気まぐれ的な?」


 念の為と思って聞いてみたが、特に何か思い出したようなそぶりはせず無表情で頭にはてなマークを浮かべる新田を見て、内心で少し後悔しながら早口で言葉を積み重ねる。ただの勘違いだったかもしれない。何となく恥ずかしい。

 俺が口をつぐんだことで沈黙が落ちる。それでもその場を動こうとも、はたまた自分から話を切り出そうともしない新田にもどかしさを感じ、適当に何か言って強制終了してしまおうかと再び口を開きかけた時、


「あ。用事あった」


 ポツリと耳馴染みの良い声が降ってきた。いや、そうなら早く言ってくれればよかったのに。拍子抜けした顔を新田に向けて話を促す。

 しかしふと、真正面からぶつかる彼の視線の奥に見覚えのない色が乗っている気がして、言い知れぬ違和感を覚える。後から思えば、俺はこの時の直感を大切にすべきだったのかもしれない。


「放課後、体育館裏に栗原(くりはら)1人で来て」

「…………は?」


 ……こいつ今なんて言った?「放課後の体育館裏」とかいうベッタベタで意味深な場所に呼び出し?俺を?なんで?……え、冷静になんで!?

 混乱してロクに声も出せずにいるアホ面の俺を横目に、「よろしく」とだけ付け足して新田は踵を返す。どうやらさっきのアレが彼の「用事」だったらしい。……意味不明だが。

 呆然として遠ざかっていく新田の背中を眺めている俺の両肩に、ポポンと左右それぞれから手が乗せられる感触。振り返れば、先ほどまで共に紳士的な話題で慎ましく盛り上がっていた友人2人の、眉根を下げ心底俺に同情している表情ーーをしようとしているのだろうが、俺のことを他人事だと思って面白がっているのが見え見えな顔が目に入った。 


「ま、ボコられたら骨ぐらい拾ってやるよ。あの温厚なイケメン様を本気で怒らせるようなことをしでかしちまった、お前が悪い」と、友人A。

「どうせお前みたいな根暗には可愛い彼女なんて夢のまた夢なんだからさ、性別は違えど美形に告られるなんて最高じゃん。たとえ明らかな罰ゲームだったとしても」と、友人B。

 ニヤニヤとして言いたい放題な憎たらしい悪友達に、怒りに任せて掴み掛からんとするも、見計られたようなタイミングで始業を告げるチャイムが鳴り響き、奴らは俺の振り上げた両腕を難なくかわして小走りに席へ向かった。

 仕方なく俺も自席に腰を下ろしたが、消化不良のあまりにため息が出る。なんだよ、好き勝手言いやがって。すっかり不貞腐れた気分になって机の上に顔を突っ伏せた。

 だいたいなんだよ、ボコるだの罰ゲームだの。現実世界でそんなベタな展開があってたまるかよ。


*****


「栗原が好き。付き合って」


 ありました、なにこの超展開。マジかー。


「……あー、えっとさ、それってなんかの罰ゲーム?クラスメイトの同性に告れ、とか。新田もそういうのにノるんだな、結構意外かも」


 手持ち無沙汰に片手で後ろ髪を撫で付けながら、できるだけ軽い声色になるように心がけて問いかけたが、当の新田は要領を得ないとでもばかりに首を傾げるだけだった。体の横にだらんと降ろした手を握り締めれば、じっとりと汗をかいてるのが感じられた。喉がやたらと乾いている気がして無意識に唾を飲み込む。

 

「俺は栗原のことが好きだから栗原に好きって伝えてて、それで、付き合いたいなと思ったからそう言った」

「……そっ、か」


 付き合うってどこに、とか、1人の同級生として好きってことだよね、とか、あるいは、やっぱり罰ゲームなんでしょ、とか。そういったセリフのひとつでも言って、はぐらかしてとぼけて見て見ぬふりをして、彼の前から笑って逃げられたら、どんなに気が楽だっただろうか。卑怯な俺の試みは、愚直すぎる彼の言葉と、その瞳の奥で確かにゆらめく熱で、途端に挫かれた。どこまでも真剣な視線で射抜かれ、顔が引き攣りそうになる。

 だが、何はともあれ。俺の恋愛対象は異性である。胸が高鳴るのも邪な欲望を抱くのも、総じて女性。残念ながらお付き合いにまで発展できた相手はいないけれど、自分の今までの17年間に渡る人生経験からでも自明の事実だ。つまり、同性からのそういった意味合いでの好意は、相手が誰であろうと、俺はそもそも受け取ることが不可能なのだ。

 俺は頭の中でそう結論づける。そして、ズボンの側面に手汗を擦り付けながら、その旨を断りの謝罪とともに伝えようとしたが、


「なんで俺のこと好きになったの」


 自分の口から転がり出たのは全く別の言葉だった。反射的に片手で口をパシリとおさえる。あ、間違えた。


「ごめん何でもない今の忘れて、それでさっきの返事だけど、」

「なんで、好きになったか?」

「だからごめん、それ忘れて。で、要するに、俺はお前のこと、」

「分からない」

「……ん?あ、いや、ただ俺が言いたかったのは、」

「なんで栗原を好きになったのか、分からない」

「……………………はぁ?」


 執拗に返事を遮られたせいで僅かに苛立ちが募り、気が散っていたため、その新田のセリフを認識するまでに時間がかかった。だが認識できたところで理解はできず、間の抜けた声がもれる。

 なに、結局は言わされてたってこと?理由までは設定練ってなかったってか?なんか呆然とした顔して固まっちゃったし……え、マジで微動だにしなくなったんだが?つか瞬きしてなくね?い、生きてる……?え、この状況で俺のこと放置して欲しくないんですけど!!

 無性に不安に駆られ、一歩足を踏み出し、遠慮がちに顔を覗き込みながらブンブンと目の前で手を振り呼びかけ続けていると、新田は突如ハッと目を見開いたかと思えば、眼前の俺の手を自身の両手でガシリと握り込んだ。疑問に思う間もなく縮められる距離。整いすぎている顔面。たまらず後ろにのけ反りつつ、頭の片隅で「うーん、デジャブ」と呟く。


「新田、だから近いってば。とりあえず手を、」

「俺が栗原を好きな理由」

「へ?いや、その話題もういい、」

「探して、見つけて、今度はちゃんと栗原に伝える」

「今度って何だよ、ねーよ。つか探さんでいいし……って、ぅわ!」


 言い終わらないうちにパッと手を離され、限界まで体を逸らしていた俺は咄嗟に反応できず、バランスを崩して後ろに倒れる、はずだったが、すんでのところで伸びてきた新田の腕に支えられた。軽く礼を言って体勢を立て直し、急に手を離しやがったことに関して文句のひとつでも言おうと彼を見据えたが、瞬間、言葉が詰まる。

 笑っ、てる……?あの、あの無表情がデフォルトの新田が、顔に微笑みをたたえている。今年同じクラスになってからもう半年は経っているが、俺が彼のはっきりとした表情変化を見れたのは指折りの回数であり、その極めて珍しい光景を前にして、俺は完全に言葉を失ってしまった。


「じゃあ、また明日ね。栗原」


 衝撃で動けずにいる俺の頭にポンと優しく手のひらを乗せてから、新田は柔らかい笑顔のままヒラリと手を振って去っていった。

 触れられた頭の上に、自分の手を持っていく。……俺、今、巷で言うところの「頭ポンポン」をされた、のか……?あ、バウンドはしなかったから「頭ポン」?いや名称は心底どうでもいいな。え、どこの少女漫画だよ。イケメンにしか許されない行動の代名詞じゃねぇか、クソッ、高身長イケメン爆ぜろ。……つか男相手にそんなことすんなよ!

 グルグルとまとまらない脳内を面倒に感じつつ、俺も帰ろうと気を取り直したところで、はたと重大なミスに気づく。

 ……あれ、俺、アイツの告白断れてなくね?


*****

 

 新田の有言実行とでも言うべきか、その翌日以降、ヤツと俺の接触回数は格段に増えた。恐らく、俺と近くで関わることが彼にとっての「探す」行為だったのだろう。新田は主体的に、やたらと俺に絡んでくるようになってきたのだ。

 しかし、絡んでくると言っても、具体的には、朝と帰りに必ず挨拶をしてきたり、次の授業で使われる課題の答え合わせを求めてきたり、昼休みにちょっとした菓子を分けてきたり程度のことで、あの体育館裏事件の前後におけるガチ恋距離バージョンの新田を想定して戦々恐々としていた俺は正直拍子抜けした。

 別に今までだって避けていたわけではなかったし、絡み方自体も上記のように露骨なものではなかったため、クラスメイトたちは、1年生の頃から一匹狼のイメージが強かった新田がとる、特定の生徒に対する友好的な行動に多少は驚きつつも、俺と新田の関係について何か勘ぐるようなことはなかった。

 あくまで表面上は、なのかもしれないが、その点は考えても仕方ないだろう。余談だが、以前、俺が異性だったら周囲の反応も違ったものになったのだろうか、という考えが脳裏の掠めた時には、何故か微妙な気分になった。

 ごちゃごちゃと言ってきたが、まぁ要するに、俺の日常はさほど変わっていないのだった。

 変わらない日常。ただ懸念があるとすれば、それは依然として、俺が新田の告白に対する答えを伝えられていないことである。いくら面倒くさがりの俺であっても、このまま返事を有耶無耶にしておくのは良くないだろうと思う。新田がしてくるのは些細な接触であるが、しかしそれらの言動の端々から常に何かが滲み出ていることは無視できない。何かとは何だと問われれば返答に窮するが、強いて言えば、ほわほわとした暖かいもの、だろうか。それを正面から受け取ると、俺はむずがゆくて、居た堪れなくなる。

 けれど何分、タイミングが掴めないのだ。立ち話で伝えるにはデリケートすぎるし、かと言って面と向かわずに個人メッセやらを媒介にするのも、彼の気持ちを蔑ろにしすぎている気がして気が引ける。ではいっそのこと俺が新田をどこかに呼び出せばいいのではないかとも考えたが、またあの緊張感を味わうのかと思うと勇気が出なかった。

 しばらく悶々とし続けたが、最終的に、新田が口にした「今度」が来た時にしっかりと断ろうと決めた。要するに、自分から行動するのが怖いから人任せにしたのだ。あの場では彼に「今度などない」と噛み付いたにも関わらず、舌の根も乾かぬうちにそれを期待する。我ながら情けない奴だ。

 そう、本当に情けない奴。どうして新田はこんな俺を好くのだろう。やはり冗談だったのだろうか。もしそうなら早くネタバラシをしてほしい。俺の人間不信に拍車がかかることは避けられないが、現在のもどかしい状況から解放されるのならやむを得ないだろうと飲み込める。仮に、何かの手違いで本当に新田が俺を好きになっているのだとしたら、一刻も早く「理由」とやらを見つけてもらいたい。そうすれば、理由を探すための手段であろう俺との接触も必然的になくなり、そのまま「今度」につながって、そしたら俺は、晴れて新田に返事を言える。つまり、この胸のモヤつきに終止符を打てるのだ。

 だけれども、俺の密かな思惑とは裏腹に、1週間、1ヶ月と経過しても変化の予兆は何もなく、ついに痺れを切らした俺はスマホである人物を呼び出した。


*****


「で?優柔不断極まりない根暗野郎のうだうだに付き合わされて貴重な休日を潰された俺に対する謝罪はないの?」

「ガチ不機嫌じゃん」


 眉間に深い皺を刻みながら、ズーッと音を立ててストローでコーラを飲む友人B、もとい別府(べっぷ)。黒縁メガネの奥にある目は、明らかに苛立ちを示していた。


「急に意味深なメッセージで呼び出されたから何事かと思って駆けつけてやったら、負のオーラ全開の奴に延々とりとめのない話を聞かされたこっちの身にもなれよ。気が滅入る。うざい」

「悪かったってば……奢るから許してくれ……」

「は?お前が奢るのは当たり前だろ?舐めてんのか?」

「ごめんてメンチ切らないで怖い」


 両手を肩の位置まで上げて降参アピールをし、再度謝罪を重ねると、前傾姿勢になっていた別府は、大きなため息をひとつ吐いてから背もたれに身を預けた。とりあえず睨みから逃れられたため、ホッとして胸を撫で下ろす。

 まぁぶっちゃけ、別府の言い分はもっともである。自分1人で鬱々とするのに疲れてしまった俺は、日曜日の昼、思い立って『新田のことで話したいことがある』という内容のメッセージを送り別府に送り、近くのファストフード店に来てもらったのだ。そして、新田に告白されたことは伏せつつではあるが、自分に好意を持って接してくる彼に居た堪れなさを感じているという心境を訥々と語った。その間、時には相槌を打ちつつ静かに聞いてくれていた別府は、しかし俺の話が一区切りついたところで、地を這うような低音ボイスで冒頭のセリフを吐いたのだった。

 冷静に思い返せばキレられて当然な気がしてきた。むしろ、俺が話している間、黙って聞いてくれていた時点でめちゃくちゃ優しい対応だったのかもしれない。反省。

 

「……結局さぁ、今まで交流なかった奴が急に絡んでくるようになったから疲れた、ってだけじゃね?お前意外と人見知りだし。2年に上がってからも俺と浅倉(あさくら)ぐらいとしかつるんでなかっただろ。んで、極狭な交友関係に突然クールイケメンが加わってきたから精神的負担がかかった、みたいなオチ」

「あー……それはある、かも」


 確かに、俺の交友関係は狭く深い。別府とは1年生の時にクラスが同じになって、その延長で今もよく話すだけだし、学年が上がり、友人Aこと浅倉とは新たに絡むようになったけれど、他にこれと言って友人と呼べる人間は増えなかった。不健全といえば不健全なのかもしれない。けれど、広く浅くの人間関係は俺には向いていないから、これでいいのだと思う。落ち着くし。


「だからまぁ、そのうち新田にも慣れるだろ。イレギュラーがしんどいだけなんだからさ。それか、マジで合わないと思うならサクッと拒否るんだな」

「拒否るって?」

「それとなーく距離置くんだよ。だいたい相手も察する。片方がストレス抱えなきゃいけない関係性なんて互いに不毛だし、別に罪悪感を感じる必要もないだろ……ま、もしも自力だと難しいなら、俺もちょっとは協力するわ」

 

 「なんか、お前らの関係性って複雑そうだし?」と含みを持たせて付け足された言葉につられ、手元に落ちていた視線を前へ戻せば、どことなく不安げな表情の別府と目が合う。少しして、別府は俺が以前、体育館裏に呼び出された件が気掛かりなのだろうと思い至った。

 事の顛末について、俺は誰にも話していない。別府や浅倉に問い詰められた時もヘラヘラと笑って適当に誤魔化した。そういえば、あの時の別府はかなり食い下がってきた覚えがある。引き下がったのだって渋々と言った感じだったし、頑なに話そうとしない俺のことを、何だかんだ心配してくれていたのかもしれない。

 案外友達思いな別府に、思わず頬が緩む。と、そんな俺の様子に何か感じ取ったのだろうか、彼は拍子抜けしたような顔をした後、普段の小生意気な雰囲気に戻った。それを見取って、「完全に波長合わないとかじゃないしお前の言う通りそのうち慣れるかもだから、その必要はないかな。サンキュ」と早口で礼を言ってから、切り替えるように軽い調子で「でもさぁ、」と言葉を紡ぐ。


「もし本当にそんなことしたら、女子達の反感買いそうじゃん?新田智治親衛隊、的な組織に目をつけられちゃったりして」

「ははっ、あり得そー。隠れ強火ファン多そうだもんな、あのイケメン。……あ、でもお前なら大丈夫なんじゃね?」

「え、なんで?」

「だってお前、1年の時も散々イケメンのこと雑に扱ってたけど制裁とかなかっただろ」

「去年?その時は新田と別クラスだったし関わりなかったろ」

「違う違う、あいつじゃなくて、あのー、何だっけほら、自己主張が強い、うるさめのイケメン。ダメだ、顔は浮かぶのに名前が出てこねぇ」


 1年の時の、自己主張が強くてうるさめのイケメン……?と、脳内で別府の言葉を反芻しながら記憶を辿ると、見覚えのある笑顔がピコンと浮かんだ。


「あっ、日向和馬(ひゅうがかずま)だろ!あの養殖イケメン!」

「そうだ、日向だ日向!うわ、つかお前が付けたそのあだ名なついなー。相変わらず響きが最悪」

「成り行きで思いついたやつなんだから仕方ないだろ」

「何がどうなったら成り行きであんな酷い呼び名が生まれるんだよ。僻みか?」

「ちげーよ!あれは確か……あ」

「なに?やっぱ非モテ地味顔の醜い嫉妬?」

「誰が地味顔だよしつこいな!……そうじゃなくて、今思い出したんだけど、俺、去年も新田と話したことあったわ」

「へー?」

「まぁ、一回ぐらいだけど。その時は日向も一緒に居て、てかあいつが俺を引っ張って行って……そうそう、」 

 

 そこであだ名が浮かんだんだ、と言葉を続け、俺は回想しながら辿々しく経緯を話す。

 そもそも、日向和馬という男の初印象は限りなく悪かった。初めて顔を合わせたのは自己紹介やオリエンテーションの場ではなく、入学式の朝、通学路の曲がり角でぶつかって互いに尻餅をついた状態で、という何とも滑稽なシチュエーションにおいてであった。今どき、ラブコメ漫画でもそんな出会い方しない。というか相手は美少女が良かった。

 痛みに顔を歪ませながら衝撃を受けた方角を見やれば、目が少し隠れるほどの無造作な髪型をした、三白眼の男と視線が交錯する。そこで彼の格好を認識し、自分と同じ高校の生徒であると気づいた。いやだから可愛い女子生徒が良かったってば。

 不満を抱きつつも、不慮の事故だったのだから仕方あるまいと半ば強引に自分を納得させ立ち上がり、いまだ尻餅をついたままポカンと口を開けている男に向けて、『すみません、大丈夫ですか』と声をかけ手を差し伸べた、が。


『ヤバい遅れる!』


 奴は俺の手には目もくれず、突然自力で起き上がったかと思えば凄まじい速さで学校方面へと走り去ってしまった。今度は俺がポカンとする番だった。驚き、次いで怒り。

 は?え、俺のことスルー?てか、ぶつかったのってお前が曲がり角から全速力で飛び出してきたからなんだけど?避けられずに体当たりされて転んだんですけど?まだ地味に痛いわ……なのに謝罪の一言もないとか、常識なさすぎだろあの野郎ムカつく!!

 腹の虫が治らなかったが、奴の捨て台詞が気にかかったため、燻った気持ちのまま早足気味に歩きを再開する。しかし、腕時計を横目にした瞬間、ぴたりと足が止まった。なぜなら、現在はまだ入学式が始まるまでの時間には結構な余裕があり、間違っても『遅れる』などと叫んで駆け出すような時刻ではなかったからだ。

 本当に何だったんだよ、あいつ。ドッと脱力感に襲われる。もしあいつも俺と同じ新入生だったとしたら、絶対に一緒のクラスになりたくないわ……

 と、心の底から思っていた俺は、入学式で華麗に新入生代表挨拶を務め上げ、クラスの自己紹介でも一際ざわめかれた爽やかイケメンが帰り際に俺の席へ近づいてきて、『今朝は悪かったな、怪我はなかったか?』と申し訳なさそうな顔で謝ってきた時、頭の中をハテナマークで埋め尽くした。

 目の前の好青年と朝の非常識野郎を同一人物としてつなげるのは至難の業であり、脳が情報処理を拒否したため、俺はプチパニックに陥った。だから俺の第一声が『だってお前顔が違うじゃん!』だったのも致し方ないのだ。だが、それを聞いて血相を変えた奴に腕を掴まれ、人気のない通路まで引きずられて詰め寄られたのは解せない。

 曰く、奴は新入生代表挨拶を任されていたため他生徒よりも早く学校に着かねばならず、それを見越して十分な余裕を持って家を出ようとしていたが、当日まさかの寝坊をかまし、焦りに焦って飛び出したゆえに激突してしまった俺に罪悪感は抱きつつも、自分を優先してしまった、とのこと。

 苦々しい顔で説明を終えた奴は、絞り出すような声で謝罪を繰り返し、深く頭を下げてきた。その様子を見て、ようやく胸のわだかまりが消えた俺は、素直にそれを受け入れることができた。というよりも、奴の変貌ぶりに気を取られ、それ以外のことはどうでもよくなっていた節がある。

 聞けば、奴のメタモルフォーゼは学校に着いた後で行われたのだと言う。髪にワックスを付けて整え、黒目を大きく見せるナチュラルなカラコンを付け、といったような工程を意気揚々と語ってくれたが、あまり興味がなかったので詳細は忘れた。

 そんなこんなで和解を果たし、奴の変貌の謎も解けたところで、俺たちは互いに日向和馬、栗原遥斗(はると)と名乗り合い、改めて挨拶を交わしたのだった。

 別れ際、実は自分はいわゆる高校デビュー勢なのだが、恥ずかしいから他の皆には内緒にしておいてくれ、と懇願され、快く承知した。すると、ついさっきまで潤ませていた目をパッと輝かせ、馴れ馴れしくも『これからよろしくな、遥斗』と肩まで組んでくる始末。その変わり身の速さに呆れたものの、まぁ思っていた悪い奴ではなさそうだなと認識を改め、控えめに笑い返してやった。ちなみに、なかなか離れない腕が鬱陶しかったので、最終的に力任せに捻ることで脱出した。

 以上が日向と俺の出会い。傍から見れば割とストーリー性のある出会いをしたわけだが、かといってその後、俺達が学校生活で行動を共にすることは特になかった。俺は別府を含めたいわゆる大人しめのグループで行動したし、一方の日向は対照的な賑やかなグループに所属していた。学校が始まったばかりの頃は、高校デビューだと言っていた日向は、もしや無理して陽キャ達に合わせているのではなかろうか、と勝手な心配をしてチラチラと気を配っていたが、そのうち、彼はありのまま友人達と楽しんでいるのだろうと察したため、以降は大した意識しなくなった。高校デビューというのも容姿だけに限った話で、中身は最初から、あの根明で騒がしい感じだったのかもしれない。

 そんな感じで、日向とは基本的にありふれたクラスメイトとして接していたわけだが、ごく稀に、奴は俺個人に絡んでくることがあった。小学校や中学校の時の同級生はこの学校にいないと言っていたし、恐らく、変身前の姿を唯一知っている俺に多少気を許していたのだろう。俺からしても、普段はあまり関わらないようなタイプと話せるのは、新鮮で楽しかった。

 閑話休題。ここでやっとあだ名の話に繋がる。俺が奴に「養殖イケメン」なんていう奇天烈な呼び名をつけたのには、きちんと理由があるのだ。

 ある日の休み時間、日向は珍しく陽キャグループを離れて俺の方へ向かってきたかと思えば、脈絡もなく『ライバルのイケメンを見に行くぞ』と宣言し、俺の腕をグイグイと引っ張ってきた。引きずられないように精一杯の抵抗をしながら『ライバルってなんだよ』とぶっきらぼうに問えば、何でも他クラスにとんでもない美形がいると話題になっているらしく、自称学年イチのイケメンである日向はそれが気に食わなかったため、今から偵察に行くのだという。いや知らんがな1人で勝手に行けよ、という俺の抗議はまるっと無視され、あっという間に件のクラスの前に連行される。

 扉の枠に片手をつき、前のめりになりながら教室を見回す日向の後頭部を諦念まじりにぼんやり眺め、依然として掴まれている左腕を上下にやたらめったら振ってみたが、拘束は外れない。そうこうしている間に、教室内の親切な生徒がこちら側に歩み寄ってくる気配を感じた。要件を聞かれたのであろう彼は、例のライバル認定したイケメンのものと思われるフルネームを挙げ、その居所を尋ねたが、どうやら教室には不在だったらしい。

 あからさまに肩を落としてオーバーな落胆リアクションを取った日向に、俺は思わず吹き出してしまう。しかし、その反応を真に受けてしまった生徒が慌てた声を出した途端、彼はサッと雰囲気を切り替えて生徒に愛想良く礼を述べた。

 一連の流れを見て、コイツのこういうところが憎めないんだよなぁと思いつつも、腕にへばりついた奴の手を本気で引き剥がしに掛かろうとした時、ふいに背後から右肩に軽い衝撃を受けてよろめきかける。反射的に『すみません』と口にして振り返った俺の左耳が、『あ!お前が新田智治か!?』という日向の不躾な声を拾ったのとほぼ同時に、背後の相手が視界に入る。

 美。真っ先に浮かんだのは漢字一文字。平均的な身長であるはずの俺ですら少し見上げなければならないほどの高身長であったその男は、完璧な美しさを備えていた。端正な顔立ち。眉目秀麗。美丈夫。そう言った言葉は、すべてこの人間のためにあるのではないかと錯覚するほどの、圧倒的な美しさ。

 呼吸さえも忘れて男に釘付けになっていた俺は、突然背中をバシッと強めに叩かれたことによる痛みで、ようやく我に返った。不機嫌オーラを撒き散らす日向に『聞いてたか?』と問われ、何のことか分からず素直に首を横に振れば、奴はいっそう眉間の皺を深めた。どうやら俺が呆気に取られているうちに、既に会話が交わされていたらしい。欧米人のように肩をすくめる日向にはイラッとくるが、聞いていなかったのは事実なのでグッと文句を飲み込む。

 日向によれば、この男子生徒こそが噂のとんでも美形、新田智治その人なのだという。日向に手のひらで示された美男子、もとい新田は、パチパチと目を瞬かせつつもコクリと頷いた。その仕草が外見よりも幼く見えて、少し意外に思う。一応俺も名乗った方がいいだろうかと暫し逡巡したが、思い直して会釈を返すだけにとどめ、体ごと日向の方を向く。初対面の人間が苦手という自分の性格のせいでもあったが、何よりも、これ以上この美形の顔を見続けるのは心臓に悪いと思ったための行動であった。

 急に黙り込んだ俺に日向は多少の違和感を抱いたようであったが、それも数秒ほどで、彼の興味はすぐに目の前の新田へと戻った。『すごいなお前、ほんとに超イケメンだな!びっくりした!』と一方的に話しかける日向はいつもの数倍テンションが高い。だが興奮するのも無理はないだろう。現に俺も息が止まった。

 頬を紅潮させ目をキラキラと輝かせる日向は、徐々にヒートアップしていく。対して新田は嫌がるそぶりこそ見せないものの、真顔のまま首をゆっくりと傾げて口を開かない。怒ってる、とかではなさそうだけど。案外マイペースな性格なのかも。そのまま、ぼーっと2人を眺めていた俺だったが、ふと、ほんの少し斜めを向いた新田にチラリと視線を投げかけられ、ギョッとする。早まる鼓動を落ち着かせようと努力しつつ、何事かと目を白黒させていると、興奮のあまり上擦った日向の声が耳に入る。


『でもさ、ずるいよ!新田って素材そのまんまでめちゃくちゃ綺麗じゃん!つまり天然!天然イケメン!!うわ、もう嫉妬心も湧かないわ、天然には敵わないもん。すごすぎ、もはや天然記念物。というか新田って噂によると性格も天然なんだろ?クラスの奴らも振り回されてるとか!あははっ、マジもんの天然イケメン!!ーー痛っ!?』


 気づけば俺は奴の背中に蹴りを入れていた。ガクンと膝から崩れ落ち、背中をさすりながら涙目で『何なんだよ遥斗!』と吠える日向を見下ろしながら、『興奮しすぎだぞ馬鹿』と一蹴する。その際、思ったよりも冷たい声が出て自分でも驚く。

 端的に言えば、腹が立ったのだと思う。一方的にマシンガントークをして、たかが噂で人の性格を勝手に判断して、茶化して。あとは、新田の視線。まるで困惑し切って助けを求めているように思えたのだ。実際は新田はずっと無表情のままだったし、きっと俺の勝手な解釈に過ぎないのだけれど。でも、もし俺が彼の立場だったら、初対面で顔も名前も知らない人間に急に話しかけられて、さらに有無を言わさず喋り続けられたら困るし、いい思いはしない。

 つまりは俺自身の感情で動いただけ。今更ながら、身勝手に暴力に走ってしまった自分に情けなさを覚え、日向にもじわじわと罪悪感を抱き、座り込んだままだった彼の背中に手を添え、平謝りしつつ腕を取る。新田の方は見れなかった。

 酷い、まだ痛いんだけど、などと俺に向かってぼやきつつも、ようやく立ち上がった日向は、しかし、新田と対峙すると真摯な声色で『確かに言いたい放題し過ぎたな。ごめん』と静かに告げた。少しして、『いいよ』という低めの柔らかい声が降ってくる。それが新田の声だと気づくのには時間がかかった。耳馴染みのいい、暖かい声。彼のことなんて全然知らないくせに、イメージ通りだな、なんて、ぼんやり思った覚えがある。

 これにてひと段落、解散、となるかと思いきや、意外にも新田は『だって、』と言葉を続けた。


『天然?、って言われるのは、本当だから』

『え、マジ!!じゃあ、やっぱり新田は天然イケメンだ、』

『すぐ調子にのるな馬鹿日向!!』


 パシンッと小気味のいい音。またしても俺は考えなしに暴力を振ってしまった、が、勢いづいてしまった俺は止まれない。


『天然天然うるせーよ!!ならお前は養殖イケメンだ!!あと新田は絶対に天然の意味分かってねーだろ!』


 言い切って、ハッとする。口を半開きにして固まりながら、養殖イケメン……?とオウム返しをする日向と、こちらも心なしか呆然としている新田、両者からの視線が突き刺さった。わなわなと体が震え、顔に熱が集まってくる。羞恥心やら何ならに殺されそうになりながら、己の奇天烈発言に叫び出したくなった。妙に冷静な頭の片隅で、昨晩見た天然マグロと養殖マグロの違いを解説する番組で連想しちゃったのかな、なんて考えたりもした。

 とにもかくにも、その場はチャイムの音で強制解散となり、後ろと横から突き刺さる視線は無視して、俺は一心不乱に自分の教室をめがけて走った。

 あれはただの事故だった。俺はそう自分に言い聞かせ、その出来事を黒歴史として心の奥深くにしまった、はずだったが、何故か当の日向が「養殖イケメン」というワードをいたく気に入り、俺に絡んでくる時は度々その呼び名で呼ぶことを希望してきて、嫌々従えば見えない尻尾を振らんばかりに喜ぶものだから、ついぞ封印することは叶わなかった。俺と一緒にいることが多かった別府も、自然と耳に残っていたのだろう。

 ちなみに余談だが、気に入っているはずのその自身のあだ名を、彼は俺以外に呼ばせたがらなかった。そのことを察した俺は、やはり嫌だったのに言い出せなくなってしまったのでは、と不安になり、2人きりの時に話を切り出したが、杞憂だよ、と笑われ、それでも釈然としない表情をする俺に、彼は『だって、特別っぽくていいでしょ。あ、じゃあ代わりに、遥斗も僕以外の人には下の名前呼ばせないでよ』と意味深な発言を残した。いまだに意味はわからない。たぶん、スパイのコードネームとか、そんな感じの暗号みたいで「特別」なのだろうか。少年心をくすぐる感じで。というか、わざわざ言われなくても俺を名前で呼びたい奴なんていないんだが。やっぱり謎だ。


「ーーと、まぁ、以上のような流れで養殖イケメンが誕生しました」

「長い。疲れた」

「自分から聞いてきたくせに……」


 苦虫を噛み潰したような顔をした別府は、すっかり冷め切ったポテトの最後の一本を口に放り込む。俺も話しっぱなしで乾いた喉を潤すために自分のコーラに手を伸ばし、何気なく窓の外に目をやれば、辺りはいつの間にか、どっぷりと暗くなっていた。段々と日が沈むのが早くなってきたのを感じる。

 そういえば、昼に家を出た時はまだ日差しがあって比較的暖かかっため、さして防寒具を身につけて来なかったが、いま外に出たらかなり寒いかもしれない。今朝のアナウンサーが、今晩は冷え込むでしょう、と伝えていたのを今更ながら思い出し、ぶるりと体が震えた。


「ていうか、それって『話した』のうちに入るのか?聞いた感じだとお前、新田サマの美貌にビビり散らかしてまともに会話できてないじゃん」

「……あ。言われてみれば」

「ま、もしかしたら新田側は覚えてるかもな。見覚えのないイケメンと平凡顔に急に絡まれて目の前でギャーギャーやられたたら、結構インパクトあるだろうよ。まー、ワンチャン?それでお前に親しみを覚えた可能性もあるんじゃねーの?」

「なるほどねぇ……あっ、平凡顔って言うな!」

「反応が遅いなー」


 その後、ググッとほぼ同時に背を伸ばした俺達は、何となく解散の流れになり、それぞれ荷物を持って席を立つ。ロングコートを羽織った別府は、横目で俺の格好を見て「なんでそんな薄着なんだよ」と心底呆れた声を出した。ぐうの音も出ない。

 会計では俺がしっかりと奢らされ、懐が寒くなったなぁと侘しく思いながら外へ出れば、夜風に吹かれて身体的にも寒さに襲われる。カチカチと歯を鳴らす俺をさすがに見かねたのか、別府は素っ気なく未使用のカイロを投げ渡してきた。「念の為持ってきてたけど、俺は必要なかったから」と顔を背けながらぶっきらぼうに言う姿に感動し、思わず「お前ってツンデレ属性よな」と言えば、せっかくもらったカイロを力づくで奪われかけたので死守した。余計なことは言うもんじゃない。

 帰路につき、恵みのカイロをシャカシャカと振りながら、俺は1年生の頃に思いを馳せていた。

 去年のクラスは他に比べて陽キャが多くて、騒がしいなと思うことはあったけど、なんだかんだ楽しかった気がする。やはり、日向がムードメーカーとして一役買っていたからだろうか。俺を含め、タイプが違う生徒でもフラットに接してくれる彼の存在は、皆から密かにありがたがれていた。懐かしいなぁ。

 そこでふと、学年が上がってからあまり彼に会っていないことに気がつく。最後に言葉を交わしたのは1ヶ月前程だったか。今年はクラスが離れた上にそれぞれの教室も遠くて廊下などですれ違う可能性が低く、また、1年生では生徒会の書記に就任した彼は今、副会長になっているらしいから、学校運営諸々で忙しいのかもしれない。というか、そうでなくともすぐに切れるような細い縁だったのだろう。むしろ今まで話せてたことが奇跡か。そう思うと、ちょっとだけ寂しくなる。

 次に連想されたのは、俺が初めて会った時の新田。別府は、

俺が新田の顔面にビビり散らかしたから会話ができなかった、と軽口を叩いていたが、きっと半分正解で半分不正解だ。俺は確かにビビってうまく話せなかったが、それは新田の美しさにビビったのではなく、「自分が新田の美しさに心を動かされたこと」にビビったのだ。

 例えばそれが、芸術作品を見た時のような心の動きだったら俺だって大して動揺しなかっただろう。なぜなら、人が完成された美に魅力を感じるのは自然の摂理だからだ。問題は、俺が彼の顔を見た時に真っ先に浮かんだのが、「そばでずっと見ていたい」という感想で、もっと直接的に言えば、彼の顔にときめいてしまったことである。誤解がないようにしておきたいが、何度も言うが俺の恋愛対象は異性である。決して同性ではない。

 と、そこまで思考を整理したところで、意図せずひとつの解を導いてしまった。なぜ俺は今まで、1年生の時に新田と顔を合わせたことを忘れていたのか。それはすなわち、異性が好きなはずの自分が同性の容姿に惹かれたことを認めたくなくて、無意識のうちに記憶を封じ込めていたからであろう。

 だが、一度認めてしまえばあとは坂道を転がり落ちるようなものである。あぁそうだ、俺は新田の顔が好みだったんだ。恋愛対象外なのに好みも何もあるのか?しかし事実だ。けどそんなことあり得るのか。同じような整った顔の人物と出会えば同じように惹かれるのでは?いや違う、俺はまさしく新田が好きで、あっ、いや、違う違う、新田じゃなくて新田の顔が好きなだけであって……あぁもう!頭が痛い!

 寒さのせいか、思考のせいか。家に着く頃にはかなり頭痛がひどくなってしまった。もしかしたら熱もあるかもしれない。風邪を引いたら、せっかくカイロを恵んでくれた別府に申し訳ないな。また馬鹿にされそうで癪だし。ていうか、明日は大事な小テストがあるから学校休めないんだよ……!

 その日は早めに風呂に入って、とっとと就寝することにした。俺は意外と体が丈夫だから、一晩寝たらケロっと治っているはずだ。そうじゃないと困る。

 古典的に羊の数を数えて安らかな眠りに落ちようとしたが、途中でかの美形がチラつきその度に数え直しになったため、結局は、いつもと同じような時間に意識が途絶えた。


*****


 消毒液の匂いがうっすらと漂う白を基調とした空間に、ピピッと短い電子音が響く。


「38.1度。……よくこんな体調で登校して来たわね。しんどかったでしょう?」

「いやぁ、はは……ですねー……」


 ベットの上で横になりながら曖昧に笑って答える。

 結論から言えば、俺の体調は悪化した。朝からその兆候はあったし、家族も様子のおかしい俺を心配して休むことを勧めて来たが、どうしても小テストを受けたかった俺は制止を振り切り、フラフラな足取りで学校へ向かった。だって、そのためにゲームの時間を削って土日に勉強したのだから、受けなきゃもったいないじゃないか!というのが俺の動機だった。

 しかし、当たり前だが熱がある頭はほとんど機能せず、1時間目に受けた念願だったはずの小テストはボロボロだった。そこでポッキリ心が折れて気が抜けた俺は、はっきりと自分の体調の悪さを自覚し、先生に申し出て息絶え絶えに保健室へ向かったのだった。 

 「親御さんに連絡するわね」と俺に優しく声を掛けた保健室の先生が扉から出ていく気配を感じ、カーテンが閉められた簡易個室の中でひとり、こんなことなら最初から休んでおけばよかったな、とため息をつく。高熱が出たのは久々だ。体が重くてだるい。寝返りをうつのも億劫だ。

 回らない頭では何もできないので、襲って来た眠気に抵抗なく身を任せた。


*****


 ふと、意識が浮上する。ぼーっとする頭で見慣れない天井を眺め、しばらくして、ここが保健室のベットの上だったと思い至る。どれぐらい経ったのだろう。まだふわふわとしているが、幾分かは楽になった気がする。母さんはもう迎えに来ただろうか。

 と、その時ちょうど、扉の方からコンコンと軽いノックの音が聞こえた。保健室の先生かな、と思えば案の定「栗原君、入るわね。お友達が荷物を持って来てくれたわよ」と控えめな女性の声が聞こえた。友達。別府か浅倉だろうか。別府の方だったらちょっと気まずいな。小言言われそう。

 俺の予想は、しかし、カーテンが引かれた瞬間に呆気なく否定された。現れた人物を目にして、驚きに包まれる。


「……え、に、にに、新田?」


 いつも以上にどもってしまったのが恥ずかしい。けれど、俺のリュックを手に持ってベットの横から真っ直ぐに見つめてくる新田の姿は、俺には衝撃的すぎた。


「栗原、大丈夫?」

「え?あ、う、うん、寝たらマシになっ、たから……うん、ありがと……」


 本当は、何で新田が荷物持って来てくれたの、とも尋ねたかったが、今の熱に浮かされた状態では不用意な発言をしてしまいそうで、怖くて、極力口を開きたくなかった。それに昨日、自分は彼の顔が好きなのだと認めてしまった後だったから、余計に失言が恐ろしかった。

 しん、と静まり返る室内。保健室の先生は、さっき新田と入れ違いに出ていってしまったようだ。この沈黙をどうすればいいか分からなくて、いっそのこと寝たふりをしようかと思ったが、何となく憚られる。瞬間、それは目を瞑ってしまえば新田の顔が見れなくなるからだ、と悟って、重症だなと自分に呆れる。


「栗原」

「……なに?」


 沈黙が破られたことにひっそり驚く。だが、嬉しくもあった。


「ごめん」

「……えっと、何で謝るの?」

「迷惑かけた」

「新田が?俺に?そんな記憶ないよ」

「最近、付き纏ってたから。嫌な思いさせた」

「付き纏ったって……もしかして、教室で俺に挨拶したり、話しかけたりしたことを言ってる?」


 コクリ、と頷き。新田と俺の認識の違いが明らかになり、とりあえず安堵して、誤解を解くために話しかける。


「全然。あんなの付き纏いじゃないじゃん。俺と仲良くしたいから、好意的に接してくれたんでしょ。嫌なわけない、むしろ嬉しかったよ」


 嘘だ。自分なんかにどうして好意を寄せてくれるのか分からなくて、モヤモヤして、そのくせ意気地なしだから、新田本人にぶつけずに別府に聞いてもらった。見方によっては、あれは陰口だったかもしれない。新田はずっと、今も真っ直ぐに俺と向き合ってくれてるのに、あぁ、クソ、俺は、なんて卑怯なんだろう。

 新田は、すぐには言葉を返さなかった。俺の卑怯な心がバレているのかもと思った。心臓が嫌な音を立てる。それさえ、自己嫌悪の要因となりそうだった。

 

「……違う」

「え?」

「仲良くなりたかったからじゃなくて、好きな理由をちゃんと探して見つけて、今度はちゃんと、栗原に伝えたかった、から」

「……あ」


 そうだった、と自分の発言の間違いに気づく。そうだ、新田は一貫して俺のことが好きで、出発点はそこで。だから俺は分からなくて、何で俺なんかをって、怯えて、疑って、……あぁ、あぁそうだ、ひとりで、勝手に怖がってたのも、あの告白の時、すぐ断ればよかったのに、理由を知りたくなってしまったのも、すべて、すべては、


「俺が、自分に自信がなかったからだ」


 言葉にしてみて、ストンと腑に落ちる。


「自信がなくて、自分の認め方が分からなくて、でも、認めたくて、お前が、俺を好きって言ってきて、そしたら、好きなところを知ったら、俺もそこを好きになれるかもと思って、俺、自分のことばっか、考えて、馬鹿だ俺、」


 謝るのは俺のほうだ、ごめん、新田。

 言い終わらないうちに、目からポロポロと涙が溢れてくる。情けないのに、止め方が分からない。拭っても拭っても流れてくる。馬鹿だ、俺は救いようのない馬鹿だ。けどもう、どうしようもなくて、堰を切ったように口から言葉がこぼれ出る。


「俺、全然いい奴じゃないよ、自己中で、新田の気持ち蔑ろにし続けて、被害者ぶって、最悪だよ、……なのに、それで今更、……お前の顔が好きとか、アホみたいなこと自覚して、」

「栗原、今なんて言った?」

「……ぇ?」


 永遠に続くかのように感じられた俺の懺悔は、伸びて来た手に自分の手を握りしめられたことで、あっさりと止まる。

 新田の手。なんで。あれ、なんか、新田が近い。


「ぁ、ぇっと、俺は、自己中で」

「違う」

「最悪、で」

「違う。最後らへん。あと栗原は自己中でも最悪でもない」

「ぇ、えっ、と、新田の顔が好き、で」

「そこ!」


 珍しく大きな声を出した新田に、ビクッと体が揺れる。

 なんだろう、顔が好きとかキモかったかな。てか、やっぱ、近い気がするんだけど。


「顔が好きって言ってくれて嬉しい。栗原が俺の要素を好きって言ってくれて、嬉しい。……他に俺の好きなところはない?ねぇ、教えて。栗原」


 いつになく饒舌な新田。向けられる熱い視線。火照る体。うまく回らない頭。早鐘を打つ、心臓。


「ぁ、こ、声が好き」

「うん」

「端的だけど、柔らかい話し方が、好き」

「うん」

「スタイルが良くて、かっこいい」

「うん」

「課題、見せ合った時、字、綺麗って褒めてくれて、嬉しかった。お菓子、好きだって言った味、覚えてくれてて、いつも多めにくれて、嬉しくて、ちょっとずつ食べてた。毎日、挨拶してくれて、手を振ってくれて、めちゃくちゃ可愛くて。たまに笑いかけられると、何で俺をって、すごく怖いけど、でもほんとは心臓、うるさくて、それで、それで……」


 ーーあぁ、なんてことだ。栗原が俺を好きな理由を探すために、たくさん接してきたこの1ヶ月で、俺は、俺の方こそ、


「新田を好きになる理由、見つけちゃった……」


 止まったはずの涙がまた溢れ出す。ぎゅっと寄り添ってくる体温。たまらなくなって抱き寄せる。もう全部、ぐちゃぐちゃだ。

 

「でも、きっとこんなの、だめだ。ずるい。こんなの、正しい好きになり方じゃない、だって、俺は、新田が先に俺を好きで、だから、俺はずるくて、安心して、もし新田が俺を好きじゃなかったら、俺は、きっと、」

「いいじゃん。それで」


 囁かれ、回された腕に力が込められる。


「栗原は、栗原を好きになった俺が好きで、俺は、栗原を好きになった俺を好きになった栗原が好き。ね、ほら、両想い」


 だから大丈夫、と頭を撫でられて、俺は声を出さずに泣き続けた。何で泣いてるのかも分からない。でも、泣かずにはいられなかった。


「それに、ずるいのは俺だよ。本当はね、告白するつもりはなかった。栗原が女の子を好きなのは知ってたから。でも、あの人、栗原のことを名前で呼ぶ人」

「……ひゅ、うが?」

「そう、その人が栗原とすごく仲良さそうにしてるのを、1ヶ月前ぐらいに見ちゃって。距離も近くて、いっぱい笑ってて、だから、嫉妬した。嫌だと思った。それで、絶対に困らせるって分かってるのに告白して、なのに断れるのは嫌で、返事を遮って、無理やり先延ばしにした。ね、ずるいでしょ、」


 「理由も考えられないくらい、俺は栗原のことがまるごと好きだって、もう最初から分かってたのにさ」と苦笑されて、言葉に詰まる。言いたいことはたくさんあるのに、渋滞しすぎて、声が出ない。代わりに首をブンブン横に振って、彼の首筋に顔を埋める。

 くすぐったいよ、と笑う声。だけど腕の力は、弱まらないまま。そのうち、規則正しく、緩やかなリズムで背中が優しく叩かれ始め、うとうとしだす。

 おやすみ、という声を聞いて、あぁ、好きだなぁと思った瞬間、俺は意識を手放した。


*****


 後日、ようやく訪れた「今度」。


「栗原が好き。付き合って」


 あの時と同じ言葉。でも、俺の中では確実に変わった言葉。返事をするより先に、目の前の彼に飛びつき、腕を回す。

 もう言葉を紡ぐのさえ煩わしくて、愛しい彼に顔を近づける。視界がぼやけて、またクリアになって。

 驚いてこれ以上ないほど目を見開く新田は、それはもう、愛しくてたまらなかった。


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