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1. 七つの審判


 ハロー、あまねく世界の皆々様。

 俺はスティーブン・ルシェール。

 どうやら剣と魔法の世界に転生したらしい元日本人だ。


 昨今よくある話だと思うから詳細は割愛するが、前世の記憶があるといっても薄ぼんやりとしていて、魔力チートがあるでも、内政革命が起こせるほどの知識があるでもない俺は、ごく普通の幼少期を過ごした。なぜ「転生した」と自覚があるのか不思議なくらい普通の子だった。


 それは七歳の誕生日を迎えてすぐの頃。

 両親にどこか大きな建物に連れて行かれた。

 広いホールには俺と同じ年頃の子ども連れが何十組といて、何やら列をなしている。何をするのかと尋ねると「あなたの色を確かめてもらうのよ」と母。「白か黒がいいわねぇ。ウチはみんな青か赤だから」なんて続けられる。色? 意味が分からな――…いや、待て。


 はっと息を呑んで、俺は周囲を見渡した。

 そうか。そうなのか。この既視感!


 これは――!


 『セイント・クリアローズ』。

 前世の俺が高校生くらいのときに流行ったラノベだ。

 漫画化もアニメ化もあったが、俺が知っているのは女性向けの恋愛シミュレーションゲーム。いわゆる乙女ゲー。どう頑張っても王子のエンディングしか見れないとゲーム下手な妹に泣き付かれ、嫌々ながら全クリさせられた懐かしくも理不尽な記憶が走馬灯のように脳裏を駆ける。

 顔も名前も思い出せない俺の前世に妹がいたという衝撃の事実はさて置き、俺はこの場から今すぐ逃げ出したくなった。


 七つの審判。

 ヴァルエハーツァとかいう舌を噛みそうな名前のこの国で、子どもの素養を調べるために年に数回行われる公開審査のことをそう呼ぶ。七歳になった子どもたちを最寄りの神殿に集め、水晶で造られたバラに触らせるだけの簡単なイベントだが、俺たちはそれによってほぼ人生が決まってしまうという恐ろしい儀式でもある。


 無色透明の水晶バラに触れる。

 そうすると花の色が変わる。

 その色によって何に適性が、つまり今現在どのような能力を持っているかを判断される。


 【白】なら騎士、【黒】なら魔術師、【青】なら文官といった具合だ。

 つまり俺たちは七歳にして職業適性検査を受けさせられ、それによって将来就くべき職業が周囲の大人たちによってほぼ確定されてしまうのである。

 この世界のほぼ全ての国が年齢は違えど似たような審査を採用しているというから、なんとも杓子定規な世界だ。


「何色でもいいけれど、茶色だけはちょっと困るわねえ」と母がぼやいている。【茶】は確か第一次産業に適性のある、肉体労働向きの色だ。多くは労働階級の平民が就く職業に適している。俺としては職業に貴賤はないと思っているが、貴族社会ではまず真っ先に落ちこぼれのレッテルを貼られ、それだけでイジメや差別の対象になってしまう色である。


 え。どうする。どうしよう、俺。

 一応子爵家の息子なんだけど?!

 そう。俺ことスティーブン・ルシェールはローウェル子爵の三男坊だ。

 牧歌的な、まあ、つまり田舎の領地だが、それなりに不自由なく暮らしている。


 ウチの父と二人の兄は【青】。

 計算やら読書やらデスクワークが得意な文系。お役所勤めが性に合っているタイプ。どこのどんな組織にも絶対必要な事務職には欠かせない素質だ。


 母と姉は【赤】。

 明るく小器用な良妻賢母タイプ。“家を取り仕切りる才能”はこの色だ。家庭向きで家事や育児などに力を発揮する。貴族でも女性なら喜ばれる素養だが、俺のような末端貴族の末息子がこの色なら、将来はウチより上位の貴族の家で執事や侍従として働く未来しか見えない。


 何もかもが平均値を超えない俺に、何か特殊な才能があるとは思えない。

 思えないが、せめて【青】。父や兄たちと同じ【青】がいい。事務職ならやれる気がする。聖職関係の【紫】でも構わない。いや、医療関係の【緑】か。職人や芸術関係の【黄】は俺には無理だろうな。

 剣と魔法の世界ではやはり花形は騎士の【白】か魔術師の【黒】だが、そんな贅沢は言わないから! 神様仏様、あ、この世界仏様いないわ。とにかく方々の神々よ。お願いだからあのバラを青くしてください!


「…具合でも悪いの?」

「ひぁ?!」


 不意に横からかけられた幼い声に驚いて思わず飛び上がってしまった。

 バラに触れる順番待ちの列で、頭を抱えていた俺を心配してくれたんだろう。

 一般と貴族階級は審査の日取りか時間かが別けられていたはずだから、この子も貴族だ。貴族連中にも優しい子がいるんだなあと感動しつつ、俺は笑顔を作って隣の子に目を向けた。


「大丈夫。ありがと、う…」


 ――天使がいた。


 いや。ほんとに。天使。

 金髪に常盤緑の眼。バラ色の唇と頬もつやつやで、きらきらしている。

 なんのエフェクト? ってくらい、ほんとにきらきら。

 ウチの壁にかかってる絵に描いた天使より天使っぽい。


「どうした、トリシア」

「お父様。この子、顔色が悪いわ」


 俺たちの話し声に天使の横にいた男の人が視線を落とした。

 わあ。パパもイケメン。きらきらしている。

 こんな地方都市じゃちょっとお目にかかれない身なりの、見るからに高貴そうな親子だ。


「緊張しているのだろう。普通はこうだ」

「お父様も緊張しました?」

「もちろん」

「…お父様は勢い余ってバラの花を粉々に壊したとお祖父様が」

「さて。どうだったかな」


 まあでも心配要らないさ、とパパ天使が笑いかけてくれる。

 お父様はウソつきだけれど心配要らないわ、と天使も微笑んでくれる。


 誰か。この瞬間を切り取って額縁に飾ってくれ!

 カメラを開発する天才はまだこの世界にはいないのか!

 俺がきらきら天使親子を写真というこの世界にとっては未知の技術でどうにか後世に残したいと切望している最中、その親子に気付いて慌てたのは俺の両親だった。


「バートン公爵?! なぜこんな地方神殿に」

「中央は混むだろう? ここなら親戚の家も近いし、そんなに待たないかと思ってね」


 両親が揃って腰と膝を折る。

 わお。公爵家。こんな間近で見る機会があろうとは。身分順じゃなくて先着順に並ばせてる神殿様様である。

 ということはこの天使は公爵令嬢なのか。

 きらきらしいその言葉に負けない、きらきらした子だ。さすが天使。


「だいじょうぶ?」

「うん。ちょっと落ち着いたよ。ありがとう」

「そう。私、トリシアよ」

「あ、俺スティーブ」


 大人たちの軽いのにどこかしゃちほこばった挨拶を頭上に、天使が俺に話しかけてくれた。

 バラの色が変わるかどうかより、こっちのほうがよほど緊張する。

 でもちゃんとした挨拶じゃなくて愛称を名乗ってくれるあたり、俺を気遣ってくれてるんだろう。優しい子だ。笑顔がかわいい。きらきらしている。マジ天使。尊いが過ぎる。


 うわあぁぁん!


 と突如、子どもの泣き声が響いた。

 両親らしき大人たちが慌ててその子を抱き上げてそそくさと出て行く。


「…茶色?」

「たぶん」


 わあ……いたたまれない。

 どこの家の人たちだったかは分からないが、貴族の【茶】は見てるこっちも心が痛い。

 両親の落胆は大きいだろうが、ショックを受けた両親に更にショックを受けるのは俺たち子どもだ。両親をがっかりさせてしまった、というトラウマはきっと生涯付いて回る。


 こんな公開裁判、しなきゃいいのに。

 とは思うが、これはこの世界の根幹に関わる“設定”だし、それより何より、弱小子爵家三男坊の俺に有史以来続くこの七つの審判という伝統を覆す力はありはしない。


「【黒】はどうにもならないけれど他の色になら十歳の審査で変わることもあるから、この三年のがんばり次第ね」


 数分後は我が身、と青い顔で言った俺に、天使はなんてことないように教えてくれた。

 なるほど。魔術の素養は生まれつきでも、騎士やその他の適性は努力次第で得られるかもしれないんだ。そうか。その設定は知らなかった。ここでダメでも、ここから三年頑張ればいいのか。なんだかちょっと安心した。

 

 俺は祭壇ぽい所でおそるおそる透明なバラに触れている子に目をやった。

 ややあって花が薄らと緑に色付く。どうやらあの子は医療系向きらしい。医師か看護師か。確か薬師も【緑】だ。ほっとした本人よりも、見守っていたその子の両親の安堵の方が大きいように見えた。

 魔術や祈祷のある世界でも医療従事者は絶対に必要だ。人の役に立つ、人のためになる仕事に向いている。うーむ。そう考えると【緑】も捨てがたいな。


「私は【黒】。あなたも【黒】よ。安心していいわ」


 そわそわと落ち着かない俺に、天使が断言する。


「え? わかるの?」

「なんとなく、そんな気がするの」


 ふふ、と天使が笑う。

 わあ…。天使の微笑み、やばい。


「パトリシア、君の番だ」

「はい」

「安心して行っておいで。水晶バラの二、三本弁償できる程度の持ち合わせはあるから」


 なんだかよく分からないパパ天使の励ましに「私は壊しません」ときっぱり応えて天使が歩き出す。その足取りに不安や緊張は一切ない。


 ん?

 パトリシア?

 バートン公爵令嬢パトリシア?

 それって――。


「おお……、これは!」


 それまで事務的にバラの色の確認と記録作業をしていた神官っぽいおじさんが声を上げた。

 天使がツンと指先でつついただけに見えたバラの花は、見事な漆黒に染まっている。


「これほど深い【黒】は見たことがない!」


 驚く神殿の人たちと、満足気なパパ天使。

 よし壊さなかった、と天使も満足気だ。 

 俺は俺でちょっと別なことで頭がいっぱいだった。


 バートン公爵令嬢パトリシア・ローズメアリー・エヴァンズ。

 絶世の美貌と圧倒的魔力で全てをほしいままに生きる、稀代の【黒】。

 王子の婚約者で、後にヒロインとの戦いに敗れて処刑される、いわゆる悪役令嬢だ。


 んん?

 なんで悪役令嬢がこんな所にいるんだ?

 パトリシアは七歳の審判会場で第三王子と出会って恋に落ちたっていう設定じゃなかったか?


 どういうことかは分からないが、パトリシアと同い年ということは、俺は主人公(ヒロイン)とも同い年のはずだ。

 もし本当に俺が【黒】なら、十五歳で王都のアカデミーに入学できる可能性がある。

 もしそうだとしたら。

 どうせならこの天使の死なない俺的ハッピーエンドが見たい。


「スティーブ。一緒に良い魔術師になりましょうね」


 帰り際に俺の手を握って天使が笑う。

 俺みたいなモブを心配してくれるこんなにきらきらした優しい子が悪役だなんて。そんな“設定”、俺は認めない。


「…トリシア。俺ローウェル子爵の三男でスティーブン・ルシェール」


 手を握ってくれたままのトリシアに名乗る。

 せめていつか再会したときに記憶の片隅に俺のことが残っていますように。

 天使は微笑んで「バートン公爵の長女パトリシア・ローズメアリー・エヴァンズよ」と名乗り返してくれた。

 最強に美しい天使親子が去って行くのを見送り、俺は人生の目標を新たにする。


 明日から必死に勉強して、アカデミーでパトリシアの「学友」と呼ばれる程度には頑張ろう。

 そう決意しながら触れた水晶バラは――、


「――おめでとう。【黒】? ……うん、【黒】だな」


 俺の触れたバラの花は天使の言った通り黒くなった。

 神官っぽい人が逡巡しやや首を傾ぎながらも【黒】って言ってくれて初めて両親も安心して驚いたくらい薄い【黒】。


 ……俺の前途は多難かもしれない。

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