百物語
「 それもあって、『百物語会』にわたくしもさそっていただけて、このまえの一条のお屋敷での百物語会では、みなさまとお会いすることもできまして」
「ちょ、ちょっとまってもらえますかい。その・・・、『百物語会』ってのは、本のなまえじゃねえんですかい?いったい・・」
ヒコイチの言葉に、待ってましたというように膝をうったダイキチが、「あの、『百物語』でございますよ」とにっこりわらう。
『あの』?
知らないのはおれだけか?
奥方が困ったような顔で、ヒコイチさまはお若いからご存じないでしょう、と主人をたしなめる。
おお、とうなずいた男は、わたくしはセイベイさんより九つ年上でして、と驚くようなことを言う。
「 ほんとうですかい!? 」
だとすれば、もう八十をすぎている。
「なあに、みかけだけで」手をふって、「 ―― わたくしがこどものころに、《そういうこわいはなし》を、集まった人たちで順ぐりにしてゆくというのが、すこしばかり流行りましてね」と、もじり、と膝をととのえた。
「 ―― 場所は、まあ、だいたいは物好きな商売人の家とか、檀家にお堂をかしてくれる寺だとか、そんなところでしたな。 十人から上あつまりまして、一人ひとりが、不思議やこわいはなしをしてゆきまして、話し終えると、灯してあったろうそくの火をふきけしてゆきます」
「 ・・・それを、『百』、やるってことですかい?」
ヒコイチの半分あきれたような言葉にわらいながら手先をふったダイキチが、「一回のあつまりで、多くてふたまわりぐらいですよ」とうなずき、「そこの『集まり』でのはなしが、九十九になったら、仕舞い、ということになっておりました」
だされた茶を飲むヒコイチが口をひらくまえに、「ひゃく、は、やらないのですよ」と主人も茶に手をのばす。
「 ―― 百やって、もののけが出てくるか確かめるっていうのも、物好きのあいだで流行ったようですが、わたくしの知ってる『集まり』では、百やるのは《無粋》ってことになっておりましてね。ほんとうに出てくるか、出てこないか、ってのは知りたくない、と。 ―― まあ、ほんとに出てきたら困ると、みんな思っていたんでしょうなあ」と、どこか、なつかしむようにわらう。