履物屋のダイキチ
「これは、これは、おまちしておりました」
「へ、へい、おじゃまいたします」
なれない歓迎ぶりに、どうしたらいいのかわからなかった。
裏木戸から声をかけ、顔をだした若い下女に、セイベイに渡された手紙を「ご主人へ」、と頼むと、中からあわててとぶようにかけつけたのはどうみても、どこかのお店の《奥様》といういでたちの四十路すぎの女で、こちらがおそれいるような歓迎をしめしたあと、わざわざ表の門から案内されてしまった。
門構えも家のつくりも、ひどく立派で口をあけてみまわしていたら、もとはお武家様のお屋敷だったときいております、となぜか声をひそめて女がうつむく。
足をふいてあがった家の中は人の気配がなく涼しかった。
長い廊下をまがり、畳の匂いもつよい奥の座敷につくと、ツヤのある丸顔の男が勢いもよくたちあがり、これはこれは、と迎えたのだ。
上座にある分厚い座布団をすすめられ、とんでもねえ、と断って、どうにか廊下を背にして落ち着くと、家の主も廊下を左手にしてすわり、「じつは、」と、ヒコイチの顔をのぞきこんできた。
「―― わたくしは、一条のぼっちゃまの『百物語会』にはいっておりまして」
「・・ひゃくものがたりかい?」
「はい。ああ、そうか。ヒコイチさまはご存じないとおっしゃっていたな。 ああ、そのまえに、わたくしはキナン町で履物屋をしておりますダイキチと申すものでございます。 トメヤのセイベイさんにも大変お世話になっておりまして。 ・・・ええと、どこからおはなしすれば・・・」
懐からきれいにたたんだ手ぬぐいをだすと、顔にうかんだ汗をたたくようにぬぐう。
そこへ、お茶と菓子をのせた盆を手に、さきほどの奥方があらわれた。
「まずは、ノブタカさまのことから話されたらいかがです?」
「おお、そうだ、―― まず、わたくし、こどもの時分から、ふしぎでこわい話をきくのがすきでして、それを知った商売仲間が、一条のぼっちゃまを紹介してくださり、ご縁ができたわけです。まえまえから、ぼっちゃまがお仲間とだす本は、いつも買わせていただいておりました」
「『いつも』?」
いつのまにか、そんなに本をだしているのか?