坊ちゃまの『おもいこみ』
洋館の、やけに高い天井をみあげ、つり下がった明かりをみあげてそんなことを考えていると、松庵堂で買ったという羊羹がだされた。
ダイキチのところで食べた羊羹は、どこの水でつくられたものだったのだろうと考えながら持ち上げかじりとると、「そうそう、『先生』が、『ヒコイチさんにまたお会いしたい』って」と、ぼっちゃまが嬉しそうに伝える。
「 ダイキチさんも楽しみにしてるようでしたから、仕事でなくとも行ってあげてくださいね」
「 おれがア?・・・べつに用もねえのに?」
おかしなところにはいりそうだった羊羹をお茶でながしこむ。
「ヒコさん。・・・ダイキチさんは、西堀のご隠居よりも、お歳が上なんですよ?」
「そりゃ知ってるが・・・」
「カンジュウロウさんが亡くなった時、もっと顔をだしときゃよかった、って、言ってたじゃないですか」
「・・・まあ、・・」
たしかにあのときは、もう乾物屋に会えなくなると思ったのだから当然だ。
「いい『おともだち』がまたふえましたねえ。 ―― それに、ダイキチさんのあのお屋敷、きっとこのさきヒコさんも、ながいこと通うことになると思うなあ」
どこか満足そうにぼっちゃまはうなずく。
「またそうやって、あてにならねえことを口にして」
このぼっちゃまは、すこしばかり『おもいこみ』がつよいのだが、腹のたつことにその『おもいこみ』が、いままではずれたためしがない。
あの座敷で《懲らしめられた》男も、きっとそういう『おもいこみ』でぼっちゃまは会に『入れたくない』と感じたのだろうが、それは正しかった。




