出すお茶は井戸水で
そこへ、廊下のむこうから年寄がやってくるのがみえた。
ヒコイチの姿をみると、ここで会うのが当然のようにうなずいてみせた。
「ヒコイチさん、ろうそくのそなえつけまでご苦労さまでした」
「いや、これが仕事なんで」
「おまえも今日はここまででいいよ。 そういや、変わった男が来ただろう?あの男はひどい癇癪もちでね。どこで発作がおこるかわからないんだが、もしかしたらわたしを待てなくて、発作をおこしてしまったかい?」
年寄の問いに娘が手をうってヒコイチとめをあわせたあと、せめてお茶だけお出しいたしますか?というのに、だいじょうぶだよ、とさがらせた。
「素直ないい娘でございましょう?」と孫を自慢するように言ってくる。
ヒコイチがうなずくまえに、「カエさんも、」と、さきほどまで耳にしていた名を口にした。
「―― あんな男に出会っていなければ・・・」
ぐう、と歯をかむように口を閉じたダイキチは、庭に目をやり、静かに手をあわせた。
ああ。やっぱりこの歳よりは・・・
おくれて手をあわせたヒコイチが目をあげると、庭はかたむいた陽に照らされ、神々しいような物悲しいような色をしていた。
「―― ヒコイチさん、すこしこの、年寄の茶飲み話に、おつきあいいただけますかな? ああ、―― もちろんお茶の水は、この前も今日も、ひき水の『井戸』のほうをつかいますのでご安心を」
こちらの顔をみて、なんとも楽しそうに微笑んだ。




